あくまでも淡白に それでいてしつこくて
見覚えのある人物がやけに顔を赤くして私の元へ向かっているというのは、お昼代わりに作ったパウンドケーキを完食して初めて気がついた。
熱でもあるのだろうかとベンチに腰を据えたまま、水筒の紅茶で口の中を洗い流す。
そして彼が私の前に辿りつく前に、並べていた荷物は一つに纏めることができた。
「さん! 俺の嫁になってくれ!!」
「断わる」
やり取りの余韻の欠片も残さずさわさわと風が通り過ぎていく。
の正面に立っている男は、一瞬何を言われたのか理解できていないようだった。
そんな彼を両腕を組んで見上げるは、静かに返答を待つ。
「――ちょ、ちょっとぐらい考えてくれたっていいだろう!?」
「考えるも何も、私はまだ家庭を持つ気はありません。
お兄さんを好き嫌いという前の話です。」
「・・・なら、君がその気になるまで待ってもいいのか?」
「冗談。 私はそんな重い愛を受け取れるほど器の大きい人間じゃないんです。
悪いことは言いませんから、他のもっと魅力的な女性に目を向けてください。」
縋るような言葉を跳ね返すを、男は正面から見つめなおす。
真摯な眼差しを受け止める黒い瞳は、本当に黒曜石のような深い色だ。
「俺の一番はさん、君なんだ!
絶対に君を幸せにしてみせる・・・だから頼む!」
「うーん・・・・・・・・・・・・
お断りします」
一刀両断するに男は詰め寄る。
「さん! 真剣に考えてくれ!!」
「さっきは『ちょっと』だったからちゃんと『ちょっと』考えたのに、今度は『真剣に』ですか。
言いますけど、こういった返事に曖昧な言葉を使う気はありませんよ。
そちらこそ真面目に受け取ってください。」
「アンタは俺のことが嫌いなのか!?」
「ですから、そういう話じゃなくて―」
「俺の何が悪いんだ! 言ってくれ!!
君のためなら、俺は変わって見せる!!」
「なら
私を好きだと言うことをやめて他の女性と幸せに暮らしてください。」
熱く喋り始めた男への冷ややかな言葉。
男は見事に絶句した。
その沈黙をものともせずには立ち上がると、そのまま彼の前から去っていく。
「・・・幸せになってください。」
溜息混じりに言い放たれる言葉に硬直を溶かして、男はへへとまた一歩、大きく近づいた。
立ち塞がるような行動に眉を顰めて、は仕方なく足を止める。
「・・・さんが一緒にいてくれれば、俺は幸せなんだ。」
「ですから、それを叶えることができないからこう言っているんです。」
「それ以外の幸せなんていらない!」
普通の女性なら、当然揺らぐであろう告白だ。
だが、残念なことに。相手はだ。
少しの照れも表さないすべらかな頬のまま、彼女は目を細めて笑う。
「ふーん、幸せを粗末にするようなヤツと一緒になれっていうの?
冗談じゃない。スッパリキッパリ諦めてください。」
そう言って男に背を向けて再び離れようとするの手を、言葉の刃で瀕死になりかけている男が掴む。
「こっちは真剣なんだ・・・もっと真面目に考えてくれてもいいだろう!?」
「何で私が不真面目だと決め付ける!?
あーもう、結婚にも交際にも興味は無い!! えぇい、手を離せ!!」
が腕を振っても、必死な男はそれを放さない。
それどころかもう片方の腕を伸ばしての肩も掴む。
「俺が納得する理由を言ってくれ!!」
「さっきから理由は言っている!! 聞け!理解しろ!!
私は、結婚する気なんて、な・い・の!!」
「俺は、君がその気になるまで待つ!!」
「それが迷惑だっつってんでしょうが!
あぁぁもう、誰か手伝えー!!!」
* * * 手伝ってもらいましょう * * *
ジェイド ピオニー アッシュ