27:オムライス





裂傷と打ち身だけで済んだ自分の体。
熱い血を全身に巡らせる鼓動のテンポに、あの時流した血と、失った環境を思い出す。
両手を上げて両耳を掌で覆い、筋肉と骨の軋む音を聴く。

大丈夫。大丈夫。

絶対な味方は私の中に存在する。
私は、どこへ行っても私のままだ。


私は、戦える。
私は、笑える。


大丈夫。


大丈夫じゃなさそうな子供だって気遣える。










27.半熟過ぎたオムライス デミグラスがオーロラ色だ










全身を包んでいた冷たい水の存在を感じて私の意識が浮上する。
そして覚えたのは命の危機だ。
なんでか私をさらった鳥に離されたせいで、海面に落ちたことだって覚えてる。

死ぬって。


浮かなきゃ死ぬって!


両手を広げて水を掻き、私は感覚で水面を目指す。
当然、死にたくないからだ!



 ザバァ!



「―ぶぁ は!」

本当に高いところから落とされたからもっと深いかと思ったけれど、水の外は想像以上に近かった。
気を失ったのが幸いしたのかも。
ゲホゲホと鼻と口に入った水を吐き、手でバランスをとりながら足で水を蹴ろうとする。
そうしたら、私の足裏はやけにつるりとした石を踏んだ。
片足だけじゃない。
両足で、確かに踏み締められる。
思わず力一杯踏み締めたら、私の上半身は水から持ち上げられた。


…ここはどこだ?


バチリと目を開ける。
クリアになる私の視界に広がるのは外界の空…ではなく、湯気が広がる広い浴室だった。

…えーっと…うん。


ええー?


気が付けば、私の下半身にまとわりつくそれもお湯になっている。
浴室…それもかなり高級そうな場所に私はいた。
目に入ってくる水を指先で拭いながら、とりあえず浸かっている湯船からあがる。
濡れた頭からの水は非常に目にしみるので、舐めてみたら、これは磯臭い海の水だとわかる。

私は、海にいたんだ。それは間違いない。

上等な白のタイル張りの床を靴で踏むことが非常に申し訳なかった。
まぁ、気にしないんだけどね。それどころじゃないし。

全身が痛かったけれど、まぁ、我慢できない痛みじゃないのでとりあえず無視。
靴も服も何もかもずぶ濡れだ…濡れていない方がおかしいけどね。


しかし

海に落ちた→気が付いたら不法侵入(しかも浴室)


…新しい展開だなー!


内心そうせせら笑いつつ、足に貼り付くスカートを引っ張って絞る。

どうしよっかな〜
…どうしようもないよね〜
…何を言ったって、不法侵入者だし。

いい加減警察…軍だったかな? どっちの国も。
ダアトは騎士団らしいけど。なんにしたって私捕まるよね。


遠い目にだってなる。
どうしろってんだマジで。


「…とりあえずここがどこなのか確認して、それからファブレ公爵さんに連絡をとってもらうしかないかな。」

確か、また飛ぶことがあったら連絡を取ってこいって言われてたし。
うわぁ、恩を仇で返すにも程がある! すみません公爵さん!



 ―ガチャ



そんなことを考えていたら、扉の開く遠い音が聞こえた。
今見える範囲に扉は見えず、正面の壁が割れていることを見るとそこの奧にドアはあるんだろう。

…開いた、音だったよね。
や、家主か!? 良いタイミングだけど、まだ心の準備が!

「…だから、一人で入るっつってんだろ!」

内心で狼狽えていた私に届いた声に、私は硬直した。


お、おいおいおい!なんの因果だ!?


非常に聞き覚えのある声に戸惑う私を余所に、ぺたぺたぺたと床を踏む足音が近づいてくる。
だよね!だって、ここに用があるもんね!

「ぜってぇ入ってくん…な………」

ここへの入り口に立った彼とバッチリ目があったので、へらりと笑って手を振ってみた。
そんなことをされても、彼は目を剥いて硬直している。
だよね!何がなんだかわかんないよね!

「…………なっ………!?」
「…ルーク、また我が儘言ったんだって?
 あんまりメイド達を困らせるんじゃないって。」

ようやく彼が発した戸惑いの声に被さった声も、聞き覚えのあるものだ。
っていうか、名前呼ばれたしね。
そこで私は人差し指を唇にあててしーっとジェスチャーで示す。
気付いた彼、ルーク君は叫ぼうとした自分の口を慌てて両手で塞いだ。

…ちなみに彼は裸ではない。念のため。

「…ルーク?」

突然声を圧し殺したルーク君に、扉付近にいると思われるもう一人から様子を窺う声が投げ掛けられるが、混乱を極めているルーク君はそちらへフォローもできないようだ。
この家のお坊っちゃんである彼にあんな口の聞き方をする人間は、ガイさんただ一人。

「…現状の整理をしたいので、ガイさんも呼んでください。」

ひそひそ声で訴えると、ルーク君はぎこちなく頷いてくれた。
そしてガイさんへと首を向けて声を張り上げる。

「……ガイ! ちょっと来い!!」
「なんだ、虫でもでたのか?」
「ちっげーよ! とっととお前だけ来いよ!!」

なんなんだと呟きながら、ガイさんは靴底をコツコツ鳴らしながらこちらに近づいてくる。

「来るなって言ったり来いって言ったり、忙しい奴だなお前…………は?」

ルーク君に並んで私を見たガイさんは物の見事に硬直してみせた。

「…あー…只今戻りましたよ。」

一応生存報告。

「お、前、い…生きてんだな? オバケじゃないんだな!?」
「いや、ルーク、ちゃんと足も影もあるから大丈夫だ。
 …なんだってこんなところにいるんだ、?」
「いやー…私にもさっぱりです。」

いやまじで。
しかし、オバケってひどい言われようだ。
さっきの今なのに、私は殺されていたんかい。

「私がどういう状況だったかを二人は知ってますか?
 ヴァンさんは、無事ですか?」

襲撃してきたあの鳥は私を狙っていたようだったし、奴は私を掴んで飛んで海に落としていったんだから彼に大事無いとは思うけど。
しかし、一応安否を気遣う私を二人は盛大に不審そうな顔をして見てきた。

「無事って…いつの話をしてるんだい?」

いつって…あれ、さっきの今なのに?
幽霊だって疑ってきたからには、私が鳥に浚われたことを知っているんだと思ったんだけど。
私がヴァンさんと一緒にいたことを知らなかった?
そんな馬鹿な。彼が私をここに連れて帰ってくれる予定なのは、前日から決まっていることだったし。

私の反応からガイさんは何かを察したのか、彼は表情を改めた。

「君が魔物に海に落とされたたのは今から3週間前になる。」

さん!?

「は?」
「君が海に落とされてから3日間捜索が行われていたんだ。」
「んなばか―なっぶしゅん!」

衝動に負けてくしゃみが!

「きったねぇな!」
「や、すみません。ていうか、3週間って…」

前に、スイカの直撃を受けて気を失ったのも、一日二日のタイムラグがあったんじゃなかったか?
どこぞに飛ばされたり物が降ってきたりする切欠は私のピンチ…だろうか。
きっとそれは無関係じゃない。
いや、救ってくれるにしたって、そもそも飛ばされなきゃ危機に陥らないし。ケセドニアからもケテルブルクからも、飛ばされる理由なんかわからない。


……理由なんか、ない…のかな。


策略も目的も意思も無い。
ただ気紛れに、私は度重なる危機を逸らされているのか。
命の無条件の、保証?

何故と疑問に思わなければ、一応筋が通るんじゃないかな。


「は…母上が!」

ぅおっ! びっくりした!
ルーク君が突然大声を出した。
床へと落ちていた視線を彼へと向けると、彼は頬をやや薄く染めて視線を泳がせた。

「…ヴァン師匠も母上も、お前なんかを心配されてたんだ。
 変な顔してねーで顔を見せに行けよ!」

照れを隠すためにやや荒げて言い放たれた言葉にポカンと口が開いてしまった。
さぞかし間抜け面だろう。
だけど、ルーク少年の斜め後ろに立つガイさんがものっすごいイイ笑顔を浮かべたのを見て、止まりそうになった思考を巡らせる。

「……ルーク君は?」
「は?」

思わず深めた笑顔で、私は問いかけを明確にする。

「ルーク君は、心配してくれましたか?」
「なっ…だ! ダレがお前なんかを心配するかよ! 自惚れんな!!」

彼がプリプリと怒っていて申し訳ないんだけど、心が温かくなる。

「自惚れさせてくださいよ。」

だから私は正直に、笑顔になる。

「なん―っ」
「心配してもらえるなんて、本当に久しぶりでね。不謹慎でごめんなさい。
 …でも、嬉しいの。」

これも、本当の気持ちだ。
歳上が子供に心配をかけるなんて情けないけど、一定の信頼があってこその互いへの配慮だ。
あやふやで曖昧な自分が、少しでも信頼を得て存在できている証を知って、喜ばずにはいられない。

「ルーク君もガイさんもありがとうございます。」

立ち向かうべき先を見据えようと、頑張ろう。うん、私は頑張らなくては。

うし! なんかやる気出てきた!
私が絶対に殺されないっていうなら、多少の無茶をさせてもらおう。


「本当に、ありがとう。」


どんな結果になろうとも、この人達のこの気持ちだけは大切にしよう。




風呂場から出て直ぐに身形を整えさせられて、公爵様の面前で身に起こったすべての説明をすることになったんだけど。
まぁ彼らからみたタイムラグ中に自分がどうなっていたなんか私が知っているはずもないので、話せることは殆ど無い。

ヴァンさんは無事で、魔物の正体は不明で、私の現象は不可解で。

それから3日ほど部屋に押し込められた私は、しばらく屋敷の中でお針子さんとして働くことになった。
職があることは良いことだ。

長く続くとも思えない生活の始まり。

それの終わりの足音なんかには気付けるはずもない。
私は、私で在り続ける努力をするのに精一杯だからだ。
この生活の終わりが告げる、世界の変革の物語なんて知るはずもない。


誰も、予測できるわけもなかった。





そう、誰もできるはずが―





「…では、は服毒した後に処分。
 これがダアトから提案できる、最善の解決策だ。」

羊皮紙を指で弾きながらペンを置いた少年の言葉に、傍に控えていたヴァンが怪訝そうに眉をひそめた。
ヴァンの意思をいくらか知っている少年のはずだというのに、あまりにもあっさりとした処分の言葉が意外だったのだ。

「…よろしいのですか、導師。」
「ああ、従うかどうかは公爵殿にお任せするから。
 じゃあこれで、今日の公務はお仕舞い。いくよ、アリエッタ。」

椅子から降りて部屋の出口へと向かう導師と呼ばれた少年の後ろを、呼ばれた少女が付き添っていく。

「あんな厄介な物体は、早々に手放させとくほうが良いさ。
 下手に手元に置いておくと、どんな番狂わせを起こすのか…気が気じゃないね。
 公爵家に不審を覚えさせない為にも、僕の提案は以上だ。
 ファブレ家への報告には君が行くんだろう? ゴクロウサマ。任せたよ。」

ヴァンへ視線も向けずに、導師はそんな言葉だけを残して扉の向こうへと姿を消した。
彼は『任せる』と言ったのだ。

ならば、任されようではないか。

残された彼が、内心でそのようにほくそ笑んでいた。
それこそ、彼以外の誰も知るはずも無かった。













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2010/11/04

 生かされてるのに殺される。神様は彼女を嫌っているらしい。
 そして何かが彼女を偏愛しているらしい。合掌。



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