28:ザワークラウト





ここは見えない
ここは知らない

恥も外聞も関係ない
底辺からの出発だ

笑いたければ笑えば良い

同情も嘲りも 私は揺るがない


生きている


私は生きている


大丈夫だ世界

愛しているわ この世界










28.漬けすぎキャベツのザワークラウト










目を開けた私の視界に一番に飛び込んできたのは、
ブヒブヒと鼻を鳴らすつぶらな瞳の豚だった。

…いや違う、耳長い。
なんだこいつ。

「あんた、こんなところでどうしたんだい?」

豚がしゃべ―…るわけないな。
首を巡らせて声の主を探すと、恰幅の良い奥さんが私を見下ろしていた。



こんなところって、ここはどこ?



「…ここって…」

そこで体を起こして辺りを見回すと、ここが柵に囲まれた牧場という事がわかった。
知らないよ。こんな場所。

「ここはドコです?」
「ここはエンゲーブだよ。
 そんなことも知らないで、どうやってここに来たって言うんだい?」

えええ、だって私、ご飯を食べた記憶しかないよ。





―ハッ!


もしかして穀潰しの鼻つまみ者な私、一服盛られた!?
んでもって、意識がない間に捨てられた!?着の身着のままで!?

ひっ 酷いわ公爵様!

いや、ひょっとしたら知らない内に殺されかけたのかもしれない。
そんでもって知らない内に、飛ばされたのか。


…うーん、それはそれでハードだなぁ。
私を殺すってなったら、外部の人間であるはずがない。
屋敷の中の誰かということになる。
彼らにとっては、私を、生かす必要が無いってことか。



憶測だけど、重いなーコレ!



…ん?
エンゲーブ?



「ここは…マルクトです?」
「それも知らなかったのかい。
 …嘘を吐いているようには見えないしねぇ。ホント、どうやって来たんだい。」
「私も知らなくてですね…」

頭に付いた草を払い落としながら答える私。
ああ、遠目に穏やかな町並みが見える。
農業が盛んな町らしく、広大な畑も一緒に並んでいる。

「なんだい、誰かに捨てられたのかい?」
「あー、そうかもしれません。」

間延びした私の返事に、彼女は笑顔をひきつらせた。

おいそれと、キムラスカの貴族様に連絡をとるなんてできなさそうだ。
養ってもらう交換条件の約束事は守れないけど、しょうがないよね。






そんなこんなで、私を不憫だと優しくしてくれるローズさんの好意に甘えて、
のんびりとエンゲーブで生活すること2週間。



平穏は長く続かないことを痛感する出来事が起きる。






「あ。」

早朝の鶏小屋に、朝御飯用の卵の回収に向かっていた私が見つけた人影は、すごく見覚えがあった。
特徴的な服に、緑色の髪。
彼は確か、ダアトの最高権力者だと聞いた気がする。
名前は、シオンだったかイオンだったか、量販店みたいな感じだった気がする。

いや、そんな気はどうでもいい。
問題は、そんな偉い人がお供も連れずに町外れの方向に進んでいるということだ。


…え、追いかけなきゃやばくない?


軍の大佐か何かが同行しているはずだと言うのに、何を野放しにしているんだ。

慌てて近くの小屋の傍に持っていた籠やら何やらを置いて、私は小さくなった彼の背中を追って走る。
見かけてしまったからには知らぬ存ぜぬは通用しない。
面倒だが、引き留めるなりしなければ、彼の身に何かあったときは私へ責が及ぶ。


彼はすでに町の外を歩いていた。


「そこの方、お待ちください!」

私の声に驚いたのだろう。足を止めて勢い良く振り返った彼は、目をぱちくりとしばたいていた。

「たしか、ローズさんのお家にいらっしゃってるお客様ですよね?
 この先は森ぐらいしかありませんし、魔物もいて危ないですよ!」
「すみません、僕は…そのチーグルの住む森に用があるんです。」

チーグルって、ここ最近の食料泥棒の犯人とか聞いたけど、なんだって動物なんかに用が?

「だからといって、ホイホイ出歩いていいんですか?」
「……それは、」
「言い淀むくらいならわかっておられるんでしょう。
 でしたら、このままお戻りください。無茶をしてはいけません。」
「…いえ、僕は行かなくてはいけません。」

温厚そうな顔をしているのに、意外と強情ですね。

「なら、せめて供をお連れください。」
「僕も、多少の魔物ならどうにかできます。
 心配をありがとうございます。」


えっその細腕で?


「いや、私は礼ではなく確実性が…」
「僕の独断なので。」
「貴方が一人で動いている時点でそれは承知しています。」


だめだ。この人譲る気ねー。

うー…


ううう、こんな美人ちゃんを見送る訳にもいかないし。
見送った後、お仲間にこの人が行った事を伝えるのも手だけど、そんなことしてこの人からの心象を悪くするのも嫌だしなぁ。


ううう、うーん。


「ここは町の外で、貴女にも危ない場所です。
 …見なかった事にしていただけませんか?」



う。


あーもう!



「…わかりました。私が一緒に行きます。」
「え?」

驚いた表情をする彼から視線を外し、私は自分の腰に差してある手斧と片刃のナイフを確認する。
装備はこれだけだ。防具はなし。

「イイ顔をして貴方を送り出して、護衛の方に知らせようとも思いましたが、貴方には嫌われたくないので却下します。なので、妥協案として同行します。」
「そんな、」
「ここに残ったら、私は護衛の方に伝えますよ?」

私もカワイイけど、この人だって可愛い。
命の危機には私だけは助かるという最低具合だけど、一人で行かせるよりかはマシだろう。
私の一言が効いたのか、しばし考え込む彼。

「私はです。よろしくお願いします。」
「…イオンです。こちらこそ、よろしくお願いします。」


よし、折れた。


話を聞けば、チーグルは始祖ユリアと由縁があるたらどうたらで、聖獣扱いになっているらしい。
えらく知恵のある魔物らしく、ローレライ教団としては擁護すべき対象なのだそうだ。
そこで彼らが食料泥棒をする理由というのが気になったらしい。


そんなこと気にするなよー。


「行ってなんとかなるんですか。」

小枝やクモの巣などを払って進みつつ、聞いてみる。
そもそも話が通じないだろう。魔物相手じゃ。

「わかりません…ただ、温厚な気性のチーグル達が盗みを行うなんて…今までに例がないんです。」
「発覚するぐらい集団で行なってるんですよね…森を見渡す限り、草食であるその子達の餌が不足しているようにも見えませんし。」

と、そこで蜂みたいな魔物が現れた。
これくらいなら慌てることなく動けば駆除は容易い。
ナイフを左で逆手に握って、右手に手斧を持つ。
こんな格好、町中で見られた日にゃ職質もんだわ。

そこまで考えて、振ったナイフを避けた魔物の首を手斧でふっとばす。
虫系はまだいいんだ。魔物の。

、右手側に!」
「はいよっと。」

はいはい、やってきたね獣系。
大きなくちばしを持つ鳥みたいな魔物に向き合いながら、数歩その場を飛んで息を整える。


恨みはないんだ。ごめんよ。


頭から突進してくるそのくちばしに手斧を叩きつけ、ひるんだその胸元に踵を蹴り込む。
たたら踏むそいつへと踏み込みながら右回りに反転し、回りついでに左手のナイフを魔物の目元に滑らせた。

あー痛そ。

振り返った先にいたイオンくんは、私が無事な様子にほっとした顔をしているが、彼の後ろの茂みが不穏に動いたのを私は見逃さなかった。

「こっちへ!」

気づいた彼も茂みから離れるようにこちらへ来る。
そして飛び出してきたのは、狼のような形の魔物だった。

ここまでデカイと私のなけなしの良心ってやつが痛むぜ!動物虐待反対!!


「綺麗事だわな。」


これは自嘲。


 ― ガッヅ!


一匹


  ガッ
 ザシュッ


二匹


あー…



お家に帰りたいなぁ。



!」

イオンくんの声に振り返った私の眼前には、飛びかかってくる魔物がいた。
…油断した!

「―ぐ!」

慌てて手斧をかざしてそいつの口に突っ込むが、流石に飛びかかってきた重量はどうしょうもできない。
覆い被される形で仰向けに倒れるしかなかった。

「いった!」

しかも足音がざかざかとこちらへ集まってくるのも聞こえた!
私ピンチ!あんまり危機感ないけどね!

「―ッく アカシック・トーメント!」

イオンくんの声と同時に辺りが白く染まる。
眩しさに目を瞑った私が次に目を開いたときには、腕に感じていた重さも、辺りにいた気配も、全てが失せていた。

「………うっそ。」

静寂に私の声が間抜けに落ちる。
確かに彼は魔物をどうにかできると言っていたけれど、そうか、譜術使いだったのか。

「―っはぁ はっ」

呆然とした私の耳に、イオン君の途切れがちな呼吸の音が届いた。

「イオンくん―!」
「おい、大丈夫か!!」


ってうわっ!びっくりした!


私の声と重なって辺りに響いたのは、若い男の子の声だった。
慌ててそちらへ振り返ってみれば、そこには長い灰茶の髪を垂らした若い女の子が手前に一人と、




―………は?




彼女の後ろにいたもう一人の若い子の姿に、私は己の目を疑った。
相手だって驚いているのだろう。
伏せがちだった瞼がこれでもかと見開かれている。



言いたいことはわかる。
きっと同じこと考えてる。



「なんでテメェがここに!?」
「何できみがここに?」



キミはこんなところには来れないはずだろ、ルークくん!













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2012/08/01

 往々にして世界は自由らしい。
 運命とも廻りあわせとも、偶然とも。偏愛の具現か。



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