25:ゴーヤチャンプル
愛が欲しいとは言わない。
夢を下さいなんて言わない。
ただ、
ただ普通に憧れた。
振り返れば誰もが持っている、その平穏が眩しかった。
我侭ですか。
こんな願いは、我侭ですか?
25.卵投入 うっかり放置 ゴーヤチャンプル一体化
結局、私がルーク君の部屋を訪れたことはあっさりとバレた。
当然な話だけど。
けれど、私への処分は一日部屋に謹慎するだけで済む。
理由は単純。
私の物珍しい話に、ルーク君の機嫌がすこぶる良好になったからだそうな。
・・・どんだけ問題児なのあの子・・・
私が心底驚愕したことなど関係なく、それからというもの、折り紙に始まり、あやとり、影踏み、色つき鬼・・・ルーク君の気が向くまま、私は色んな事を教えることになった。
遊びを中心に教えているのは彼の精神年齢を考慮した上だ。
まずは私に慣れてもらって、それから私を睨んできている家庭教師さんたちの役に立てるように、簡単な算数でも教えようと思っている。
外に出れない雨の日などに屋内でする数字遊びだって十分暇つぶしになる。
彼の相手をしているのは正直面白い。
15歳だと聞いているけど、思春期という難しい年齢にもかかわらず興味があることにはほとんど反射的に顔を突っ込んできたり、少しばかり反応がひねくれていてもやっぱり根が純粋ということがよくわかるので、あんまり憎めない。
育ちの割りに口が悪いのは、ぬるま湯のようなこの状況に浸っているからだろうか。
頭も悪いわけではない。ただ、考え方や直情的に動くことからわかるように、何にしても経験が浅いのだ。
方向さえ間違えなければ大変いい子になりそうだけれど。
私は今だけ関わっているので、あの子がどんな人間に育つのか見届けられないわけだが。
思わず笑って、私は休息に飛ばしていた思考を現実へと引っ張って戻す。
私が今いるここは、お屋敷の書庫である。私はここで、暗号といえそうなほど難解なこの世界の文字と格闘している。
読めないと意味が無いのに、まったく読めないって何だこりゃ。
ネビリム先生に習ったものはまだ丸暗記している状態だったから、まったく応用力が無い。単語はともかく文章は無理。読めないよ!
帰る方法を探すと大口叩いていたくせに、コレじゃ何の意味が無い。
いやでも人に聞いても明確な答えが返ってくるとも、思えないし、ね!
自分しか自分を励ます人間がいないなんて寂しいぞ!
― コンコン
情けなさにぐったりしているところで、ノックの音が転がってくる。
まだ・・・ここを出る時間には早すぎるけど、誰だ?
「はいはい、どうぞー」
姿勢を正してドアのほうへと顔を向ける。
ここから入り口は少し見えづらいのだ。
「失礼しますわ。」
そしてドアが開く音とともに入ってきた声は聞き覚えの無いものだった。
ずいぶんと若く聞こえたけれど、新しいメイドさんかな?
「はいはい、こっちですよー こっち・・・」
身を乗り出して覗き見たその人の姿に、思わず呼びかけていた声も途切れる。
年のころは15,6、見たことのない美少女だった。
メイド服よりも長い裾をした綺麗なブルーの動きやすそうなドレスを身にまとった彼女は、ふわふわと揺れる金の髪を軽く指先で弾いて、夏の木々のような色濃い緑の瞳をこちらへと突き刺してくる。
・・・いや、そんな風に見つめられる覚えはないんですが?
「・・・あなたが、ですわね?」
「あ、はぁ。・です。」
私をしっかりと見ることのできる距離まで近づいた彼女は、凛とした佇まいで訊ねてきた。隠す必要もないので私はすぐに名乗っておく。
「わたくしはナタリアですわ。」
「そうですか、はじめましてナタリアさん。」
どこか誇らしげに見えるように名乗る彼女に私は頷きながら挨拶を返す。
すると、少女の顔が驚きに染まった。
こっちだってその反応にびっくりですよ。
突如落ちる数拍の間に、瞬きをして見つめ返した彼女の見開かれた瞳は、本当に綺麗な色だと見当違いなことを考える。
「ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。」
彼女は表情と一緒に改めて、そうハッキリと言った・・・これはフルネームなんだろう。
おお、ルークくんより長い名前じゃないですか。
感心しながら短く相槌を打ち、そして頭の中で復唱して思い至る。
「・・・・・・・・・ん? 『キムラスカ』?
キムラスカってこの国の名前ですよね?」
「あなた、本当に物を知りませんのね。」
呆れるような視線は肯定するしかない。だって私は物を知らないのだ。
「もしかしなくても、偉い人?」
「・・・そうなりますわ。」
なるほど。国の名前を持つぐらい高貴な子なんだろう。
今現在、立っている姿や言葉の端々に上品さが漂っている。
「それでナタリアさんみたいな人が、何故ここに?」
「あなた、本当にわかっていますの?」
要件をさっさと済ませてもらおうと投げかけた質問に、質問を返された。
そんなことを言われても困る。彼女が偉い人だってわかっても、私は何をすれば彼女への敬意を表す行動になるのかもわからないのだ。
「私が王族に連なるものだと、わかっていますの?」
ふーん。
・・・それで何を期待しているの?
「私は推測で人に接するだけの確かな知識をもっていません。
この常識の欠如は、推測することすらも不十分にさせます。
無知であることを後ろ盾にするつもりはありませんが、国の権威が及ばぬ世界の住民がいることも配慮していただけませんか。」
ありていに言えば『偉ぶっても敬えないよ』と。
私の生意気なこの一言に、彼女は頬を紅潮させた。
それがどんな感情の高ぶりなのかは私にもわからない。まあ好意的でないのは確かだ。
「わたくしはあなたの躾役ではありませんわ!
常識を持たないことを自覚するなら、教えを請うだけの態度をお見せなさい。
今の言葉がどれだけ浅慮なものかわかりませんの?」
浅慮を判断するだけの材料が無いと言うのに。
ぷりぷりと可愛らしく怒る彼女に私は思わずにやにやと笑みを浮かべてしまう。
「王様に近しい権力とお立場はそりゃあ眩しいですけど、私みたいな底辺の人間にとっては、それは太陽の明るさに近いものです。そして私の立つ場所からは遠いものなんですよ、お嬢様。
どんなに偉いとわかっていても、私にとって綺麗で可愛いお嬢さんとの初めての出会いなんです。」
私が何を言いたいのか、その真意を探るように彼女は僅かに眉を顰める。
そんな彼女と目を合わせたまま椅子から腰を上げ、私は軽く礼をした。
「はじめまして、ナタリア様。」
「・・・・・・・・・」
何を言いたいのかわかってくれたかな。
真正面から見つめる彼女は、寄せていた眉を開いて、目まで見開いている。
私のにやにや笑いは多分引っ込んではいない。
だけどそれをわざわざ隠すことは無いと思う。
ややして、ナタリアさんは肩を浮かせて吸った空気を、長ーく吐いた。
「―はじめまして、。」
「ふっふ、生意気言ってゴメンナサイね。」
返してもらった言葉に満足して、私は自分が座っていた椅子を彼女へと勧めた。
私という底辺の身分の人間がこうも生意気を言って許されるのなら、彼女は私を人として扱ってくれるつもりなのだろう。
「いいえ、あなたにここの常識が無いとわかっておきながら、人としての礼を欠いたのは自分ですわ。あくまでも、あなたにとってわたくしは対等の人間ですものね。」
「全っ然対等じゃないんですけどね。
ありがとうございます、人として扱ってくださいまして。」
私の勧めた椅子に座った彼女を見て、私は少し離れた壁際にある背もたれの無い簡素な椅子へと座った。
「学が無くとも人は人です。当然でしょう。
人がわたくしを敬うのは、わたくしが王女という立場に立つ事を知り、そしてわたくしが成す事の恩恵を受けると信じているからですわ。
・・・わたくしは未熟ですわ。かしずかれることを当然に思っていましたもの。」
「いえ、私が意地を張ってる馬鹿なだけです。
そうやって自己分析して見せる姿は、王族関係なくナタリア様の素敵な資質ですよ。」
私の言葉を聞くと、彼女はこちらをキロリと睨む。
あっら怖い。
「あれだけ好き勝手言っておきながら今更手のひらを返しますの?」
「不敬罪に該当しそうなんでご容赦願いますよ。
さっきはちょっと意地悪をしましたが、基本的に可愛い女の子をいじめたくないんです。」
「・・・・・・あなた、本当に変わっていますわね。ルークの言う通りですわ。」
呆れるように言った彼女の言葉に出てきた名前に驚くが、あの子が結構な身分の子供だと分かっていたから若干納得することができた。
残りの大半は不思議に思うのだけど。
「一昨日と先ほど、ルークからあなたの話を聞きましたわ。
わたくしも、あなたに興味を持ちましたの。」
そりゃまた光栄な。
「毛色が珍しいだけとは思いますが・・・王族の貴女がお供を連れずにここへ?」
「ええ、侍女が一緒では思うように話しませんでしょう?
ルークが不満そうに言っていましたわ。あなたはメイドたちが傍にいるときは決して喋ろうとしないと。せっかく歳も近いことですもの。わたくしにも付き合ってくださいまし。」
断る権利なんて・・・ないんだろうな・・・楽しそうに笑う彼女は大変かわいらしいけれど、上機嫌な彼女とは裏腹に私の心境はかなり真っ暗だ。
私個人で拒否できる範囲ではない。
私は、公爵さんやらヴァンさんやらが彼女に、そのような振る舞いをしないように進言してくれることを祈るしかないのだ。
思わず遠い目をするが、それでもここに篭りっぱなしなままよりかは有益な情報を聞けるだろうし・・・こうやって可愛い女の子と話しをすることができるのも久しぶりだし。
うん。そうだ。
ヘマをしないように神経を使うのは疲れるけど、ちょっとぐらい楽しもう。
「じゃあ・・・ま、とりあえずは、気楽におしゃべりといきましょうか。
ナタリア様はルーク様とどういった間柄なんですか?」
「ルークはわたくしの婚約者ですわ。」
「こん― ッ!? ・・・え、結婚適齢期っておいくつぐらい!?」
「殿方は成人している場合が多いですわね。そのぐらいの歳で収入が安定しますし。
婦人は若くて12・3、遅くて24・5かしら。多いのはやはり17・8ぐらいでしょう。」
わわわ 若っ!! 早くて中学生かよ!!
い、いやーしかし、なるほどね。
軟禁状態なルーク君に何で彼女が会えるのかと思ったらそういうことか。
「は19だと聞きましたが、合っていまして?」
「はい、私は19ですよ。ナタリア様はルーク様と同じぐらいですか?」
「わたくしのほうが一つ上ですのよ。今年で16になりますわ。
あなたはガイと同じ歳ですのね。ルークの使用人のガイはご存知?」
「ルーク様と会うときは必ず一緒にいてくれます。
いやー、ここのお屋敷はメイドさんも使用人さんも美人さんばっかりですね。」
「ここはファブレ公爵邸。家柄も教養も身なりも、それ相応のものが当然ですわ。
いつでも城に召抱えても構わないほどですのよ。」
「城仕えしてもおかしくないぐらい・・・なるほど、レベルが高いわけだ。」
「『れべる』?」
小首を傾げてオウム返しに問い返してくる彼女を見て、失言だったと気づく。
そっか。通じる横文字と通じない横文字があるんだった。
「あー・・・『質』って意味かな。」
「ルークも言っていましたけど、本当に聞いたことの無い言葉を使われますのね。
彼が知らないのかと思いましたが、今の言葉はわたくしも知りませんでしたわ。
ねえ、あなた本当にフライパンから出てきましたの?」
「だっは! それ、ルーク様から聞きました?」
私のことを口外していいはずが無いと思わず吹き出したら、ナタリアさんは一瞬驚いた顔をして、そして彼女もくすくすと笑い出した。
「ええ、ルークに口を割らせましたわ。だってここ最近ずっと会えなかったのですもの。
なのにルークはとある女性を頻繁に部屋に招きいれている、なんて話を聞いたのです。わたくしがルークに使用人に手を出しているんじゃないのかと詰め寄ったら、渋々あなたのことを話しましたわ。」
ルーク君みたいな可愛い子が、私に手を!?
うわ すごい変な絵面だ!! いや、すごい違和感!!
「私に手を出す!? わっ わはははは!!
いや、ナタリア様、それも凄い発想ですよ!」
私の知らぬところで起きていた予想外の成り行きに、私は思わず腹を抱えて笑ってしまう。
「あなたの人となりを知らないのですもの。そんなに心配することがおかしくて?」
「ルーク様が無闇矢鱈に、女性に手を出すような人じゃないって私以上にわかっているんじゃないですか?」
「あら、随分知った口を叩きますわね。」
「そんなルーク様を知っていても心配してしまうのは、愛故、ですかね。」
知った口に次いで放った軽口に、ナタリアさんは頬をピンク色に染めた。
「・・・お姫様かーわいい。」
あまりにも素直な反応にかつての学友達を思い出し、思わず懐かしい気持ちになった。
私が枯れているだけじゃないよ?
「茶化さないでくださいませ!」
即座に怒ってみせる姿だって可愛い。
「茶化すつもりなんて半分ぐらいしかありませんよ!」
「んま! 茶化しているのではありませんか!」
「嘘はついていませんよ?」
「本当の事を話すだけというのも―」
― コンコン
ノックの音に、ナタリアさんは言葉を呑んだ。
同じタイミングでドアのほうへ顔を向けると、ノックの主と思われる声が投げかけられる。
「様、まだこちらにいらっしゃいますか?」
ん? 聞き覚えの無い声だ。
若い女の人ってことはここのメイドさんで間違いないんだろうけど、私の相手をしてくれるのは大概が初めに顔を合わせたお二人だ。
「はい、いますよー。
どうしたんですか?時間には・・・少し早いですよね。」
問いかけながらすぐに入り口へと向かい、ドアノブを少しひねってドアを薄く開く。
私の背後でナタリアさんがそっとドアの隙間からの死角に移動するのがわかったが、まぁ、彼女の存在はいずれはバレるだろうから今は突っ込まない。
隙間から見えたメイドさんの顔は、本当に見覚えが無いし。
えぇー ・・・何用だ?
「ヴァン様が、様にお会いしたいといらしてます。
客間の一つでお待ちです。どうぞおいでください。」
メイドさんに向けていた笑顔が、引きつったのは、気のせいじゃない。
あの人曲者っぽくて苦手なんだよな。
なにか勘付いたわけではないだろうなー・・・うーん、肝が冷える。
「ヴァンさんが?」
「まぁ、ヴァンが彼女に?」
私の声に、ナタリアさんの声も重なった。
「ナ、ナタリア様!どうしてこちらに!?」
「わたくし、と話をしていましたの。
それよりも何故ヴァンがのことを知っていますの?わたくしが知ったのも最近だというのに・・・」
「あー、ヴァンさんは不審者極まりない私を無害な人間だと判断してくださったんです。
多分。おそらく。」
「なんです、その当て推量な返事は。」
「ナタリア様、私も詳しくは承知しておりませんので・・・ご返答致しかねます。
様をお連れするようにとだけ申し付けられております。」
それを聞いてこちらへ視線を向けてくるナタリアさんに、私も思わず彼女の顔を見つめ返してしまう。
このメイドさんがヴァンさんの意図を聞いて私を呼びに来るというのはありえない話なので、ナタリアさんがこのことを彼女へ詰問することはもうないだろう。
それでも、なんでわざわざ呼び出されるんだ?
「わかりました、すぐに向かいましょう。客間へ案内を頼みます。」
メイドさんへ返事をしてナタリアさんへと笑顔を返す。
「ナタリア様、わざわざ有難うございました。久しぶりに楽しい話が出来ました。
私はヴァンさんのところへ話を伺ってきます。」
「わたくしも同行したいところですが、揺将に失礼にあたりますわね。
今日はここでお別れですわ。また会えるように貴女を訊ねます。会ってくださいましね?」
「はい、もちろん。」
ここで、可愛らしいお嬢様とはお別れだ。
これからあの強面で、腹の読めないヴァンさんと話をするのかと思うと億劫だな。ははは。
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2010/01/11
さあさあお立会い! 飛ぶよ!私は飛ぶよ!!
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