24:皿うどん
ともすれば口ずさむ歌も
身を引き裂くような思い出も
愛しい愛しい情愛も
意味をなくせばいいのに
存在しなければいいのに
24.うずらの卵が双子ちゃんだった皿うどん
一針一針心を込めて・・・込める心なんざないけれど。
それでも身につけた技術っていうのは小気味よいほどに、手元のそれを私が想像していたままの出来に仕上げていく。
凄いねー。 一芸は身を助けますねー。
サクサクと針を進める私の手元には一枚の布。
そして一昨日ぐらいからその布に施しているのは、私の手製の刺繍だった。
私がここに居座ることを許されたのは3週間前。滞在を許された期間は半年。
期間内であれば色んな本を調べる権利をもらえたし、人に付き合ってもらえば街に出ることも許された。破格も破格、桁違いな待遇の数々だ。
まぁそれだけの代償はあるんだけど。
半年経っても、私がここに来た方法がわからなかったら、私は燃やされることになった。
はははっ
・・・はははっ
・・・・・・はぁ
いや、交換条件としては仕方がない・・・仕方が、ない。
っていうか今の私にはこれ以上の条件の提示のしようがなかったんだ。
私がここに来ることになったおそらくの原因が、ネビリム先生もどきの譜術の炎。
(ここでは山火事の火ってことになっているけれど)
何の発見も出来ないなら私を養う必要も無いからなぁ。ははは。
もし死んだら丁寧に弔ってもらえるらしい。
やかましい、死ぬ気なんざあるか馬鹿。
―で、もし、今回のようにどこぞに飛ばされようものなら、可能な限り力を尽くしてこの屋敷と連絡を取れ、との御達し。
ぶっちゃけ知ったこっちゃ無いと言いたい限りだけど、養ってもらっている恩は確かにあるので手段があるなら連絡をしなくてはならないのだろう。
なんて律儀な私。
死ぬ気は無いからそれだけは心に誓っておこう。
それでも、やっぱり倒れている奥様とやらを助けたのは功績がでかかったみたいだ。
あの後直々に奥様からお礼も言われたし、今私がこうやって刺繍にふけっていられるのも彼女の口添えの効果が大きい。
刺繍は私の趣味の一つ。
こんな刺繍を始めたのもここに滞在を許されたのと同じ時期だったりする。
奥様は大変いい人だ。
ちょっと一人息子のルーク君に対して過保護すぎる気もしないでもないけれど、それを加えたってとてもいい人。
なんてったって不審者過ぎる私に対しても、病床につきながらも凛とした態度を示してくれた。正直私は、あーゆう人は大好きだった。
なので、優しい言葉に対するお礼と彼女に対する好感を形にと、二日ほどかけて芍薬の刺繍のハンカチを縫い上げ奥様にプレゼントしたのだ。
(メイドさんの監視の下、材料とかは全てこの館のものだ。)
そしたら、気持ちの悪いくらい絶賛の嵐を受けた。
見ていたメイドさんの表情がおかしいなーとは思ってたら、まさかそれが感嘆と賞賛がこもっている表情だったとは・・・なんでも、芍薬を見たことが無いそうな。
刺繍の技術自体、一時期気でも狂っていたんじゃないかってぐらいはまっていたので自負するものがあったんだけど、追加注文を受けるほどとは思わなかった。
上等な生地と糸の提供まで受けたよ!断れねー!
いえーい。肩が死ぬ☆
ひょっとしたら気に入られて焼かれなくてもすむかもしれない、なーんて打算まみれだけど、そんな訳で空いた時間を見つけては私は刺繍に勤しんでいたりする。
これが一息ついたら書庫に向かう・・・予定だ。
調べる作業自体は遅々として進まないけれど、初めよりかはだいぶ文字をわかるようになったのだと思いたい。こればっかりは人様に調べてもらうわけにもいあないからなぁ。
公爵様側でも調べてくれているみたいだけれど、嘘八百な家族や行商人の情報は勿論出てくるわけもなく、そして人間があちこち飛ばされるなんて情報もなし。
ネビリム先生は心当たりの一つに第七音譜術師かどうかを挙げていたけど、音素が欠片もない私にフォニマーが引き起こす現象に縁があるわけもない。
ん?そういや血液検査とかうけてないけど、この家的には大丈夫なのか。
私が変な病気を持ってたらどうするの。
いや、ジェイドくん曰く、私の存在は生物学的にありえないらしいから、こちらとしてはありがたいんだけど。
それともそこまで技術が発展してないとか。
はははは あの子供が私の髪の毛を持って行った記憶は確かにあるぞー。
そんなところまで技術を極めてたりするあの子ほんとに怖いよ!
「・・・あー・・・もう。全部憶測妄想だ。」
重いため息と声を同時に吐き出し、針と布を一緒に机に投げて背もたれにのけぞって体重を預ける。
何も進展がない。
絶望はないけれど正直憂鬱です。
あーぁ・・・どうなるんだか。
コンコン
ノックの音に顔を上げてドアへと視線を向ける。
一応客という扱いな私に誰だろか。
「はい、どうぞ。」
『、今いいかしら。』
聞き覚えのある声。
私の世話をしてくれているメイドさんの一人だったと思うけど。
「はいーどうぞー。」
「失礼するわね。
今日の予定は決まったかしら?」
ドアを開けた彼女は慣れた笑顔を見せてくれた。
「あと10分ぐらいしてから書庫に連れて行ってもらおうと思っていました。」
「あらそう。悪いんだけど、その前にちょっと付き合ってもらえないかしら?」
これは珍しい。
彼女には頻繁に街などにも同行してもらっているけれど、こんな誘いは初めてだった。
手早く刺繍の道具を近くに置いていた箱に仕舞いこみ、私は改めて彼女へと顔を向けた。綺麗な栗色の髪を丁寧にまとめている彼女は、応じる私の姿に笑顔を返してくれる。
「いいですけど、どうしたんです?」
「実は・・・ルーク様なんだけど。」
ルーク坊ちゃん・・・あの、鮮やかな髪を持つあの子供?
興味をもたれているのは知っていたけど、あの日から今日まで何の音沙汰も無かったから、てっきり忘れられているのかと思ったよ。
「一応隠れて・・・ついて来てくれないかしら。
秘密にお部屋に来てもらいたいみたいなのよ。」
私なんぞのお呼び出しですか。
「私なんかが入ってもいいお部屋じゃないでしょうに。
連れて行ってお姉さんは大丈夫なんですか?」
「そこはみんな分かっている我侭だから。従わないほうが問題になるの。」
苦笑混じりの言葉に思わず空笑いしか返せない。
本当に、えっらい一人息子さんなんだね、ルーク君。
「わかりました、では、案内をお願いします。」
さて、彼は何を思って、私を誘うのかな。
「ルーク様、お連れしました。」
『入れ。』
中庭を通り抜けて向かった部屋からの返事は、とても早かった。
メイドさんは綺麗な動作でノックした扉を開き、そして一度礼をする。一応習って、彼女のすぐ後ろに立つ私も会釈をしてみる。
そして彼女よりも先に顔を上げた私は部屋にいる少年と目を合わせることになった。
良いタンパク質を摂っているのか、伸ばされている髪はあの時と変わらず鮮やかな朱色を放っている。せっかく格好良いのに・・・なんか、随分と偉そうに仁王立ちしていらっしゃった。
・・・どうした少年。
「・・・いいぞ、お前はさがれ。」
「はい、失礼します。」
ど どうした少年?
こんな不審人物と二人っきりだなんて、正気かボーイ?
まぁしかし、私の戸惑いなど関係ないのだろう。
彼女は凛とした足取りで私へと振り返り、目線で部屋の中へと進むことを促してくる。
仕方なく柔らかいカーペットが敷き詰められている部屋へと進むと、彼女は扉を開けた時と同じように綺麗な礼をして、そしてあっけなくそれを閉めた。
・・・置いてけぼりですか。
「んー・・・ま、久しぶり少年!元気してた?」
「お前本当に自分から動く気なかっただろ!?」
もういっちょ振り返って軽い挨拶をすると少年は勢いよく怒鳴ってきた。
頬まで紅潮させて憤る姿は中々若くって、思わずかわいいと思ってしまった自分は悪くないと思う。
そう思ってしまった時点で自分が彼よりも年上なんだと自覚してしまう。うぬぅ。
いやそよれより、そんな気無いし、ソレは実現不可能だから。
「だからね、私はそんな立場の人間じゃないってば。なんて言えば会えるの。
お宅の息子さんとお話してみたいんですが、と言って会えると?」
「うるっせぇ!何もやらなかったくせに偉そうなこと言うな!
お前は街に出たんだろ!じゃあこっちに来るぐらいできんだろ!」
どういう理屈だ。
「無ー理ですって。奥様が君を大切にしているの聞いてるし。
街に下りたことだっても監視付きで図書館っぽいとこに篭りっぱなしの外出ですよ。
気は晴れずに曇りっぱなしですよ。まったくもう。」
やーれやれと大げさなジェスチャーをしつつ部屋の中をうかがってみる。
入り口の真正面には大きな窓。窓のすぐ下の壁に木刀が立てかけられている。
一人用のベットも枠からシーツまで上等な材質のものだとすぐに分かった。
「・・・・・・・・・!?」
そこで視線を動かして見えた壁に信じられないものが。
えーとえーとえーと
あ、ヴァンさん!? え、肖像画!?
ちょ でかくない!?
わはははは!! 何、あの人そんなに偉い人だったのか!?
これ物凄い恥ずかしいぞ!! わははははっ!!
「? 何ニヤニヤしてんだよ。」
個人が所有するには恥ずかしいと思えるサイズの肖像画を前に、笑いを堪える私は悪くないと思う!
噴き出しそう! いや耐えるけど!
「ぇほっ ―この人、ヴァンさんですよね?」
空咳で笑いそうな衝動を逃がし、不審そうに私を睨むルークくんに肖像画を指さして聞いてみる。
少年は細めていた目をはっきりと開き、数回瞬きしてみせた。
「・・・・・・師匠のことしってんのか?」
「知っているというか、私と公爵様の間に立って話を通してくれたんです。
ほら、不審者な私が公爵様と直接お話しするなんて危ないでしょう。私が危険な人間じゃないって伝えてくれた人です。」
まぁ、それだけじゃなく、私の言動が怪しいと見抜いた人でもあるんだけどねー。
そしてそれを察しておきながら、公爵様に伝えているようではなかったのが気になる。
私ごときが何の害をなすことも出来ないと思っているのか、それともただ泳がしているだけか。
・・・真意は計れないけど、彼がその情報を独占しているのは確かだ。
うん。あんまり信用できる人じゃないな。
今のところ要注意人物NO.1。
「・・・って、センセイ? ルーク君の家庭教師でもしているんですか?」
「ちっげーよ。師匠は俺に剣を教えてくれているんだ。」
「へー、剣!」
ああ、木刀はその練習の為か。
誇るように胸を張って言う姿に感心する。
好きなことみたいだねーその授業。
「剣かー へー、すごい。やっぱりヴァンさんすごい強い?」
「師匠はすっげぇ強いぜ!」
うおぉ やっぱり武士か。
よかった。あの時反抗的な態度とらなくて!
「そんなに強い人が先生なら、ルーク君もすごい強いんじゃないの?」
「ま、まーな!師匠からも褒められるんだぜ!」
「頑張って練習したんだね。すごい、偉い!格好良いじゃない。
努力する人間はその分だけ人を惹きつける魅力になるからねー。
どんどん色男になってください。」
応援したいという気持ちと彼を褒める言葉に偽りはない。
けどこれを聞いたルーク君は、一瞬驚いたような顔をして、ほんの一瞬だけ嬉しそうな笑顔を浮かべる。
なんで一瞬かというと、彼はすぐにそれを隠そうと表情をしかめっ面にしたからなんだけど。
お おやー?
何だこの子、若いっていうか幼いな。
箱入り息子の一言で終わらせるには、ちょっと難しいぞ。
公爵様って言うからにはそりゃあここは、高いお家柄なんだろう。
なのに、そこの一人息子がこんなに純粋?
・・・なんか、おかしくない? それでも通用するような世界?
平和なのは良いことだけどさ、釈然としないわけですよ。
私は関係ないと思うんだけど。
あれ、・・・もしかして。
この気持ち悪さは、気づくと厄介な類じゃないのか・・・?
・・・思考をぶった切れ!
気づかないほうが良さげな現実を探ろうとする思考をぶち切るために、私はルーク君へと視線を向ける。
「それじゃあルーク君、何を話しましょうか?」
「は?」
戸惑う少年に向けて、意識して笑顔を深める。
「せっかくルーク君に機会をもらえたんだし、時間も勿体無いからねー。
世間話でも愚痴でも聞きますよ! さあこい、ドンとこい!」
「・・・なら、前の部屋に置いてあった、あの紙の塊は何だったんだ?」
胸を叩いて促した話題は、随分と想定外なものだった。
ではでは、折り紙教室を始めます!
所変わって、こちらはダアト。
「ヴァン!ヴァン!!いるんですか!?」
男が特徴的な声を高く震わせながら部屋の扉を開け放つ。
ノックも何もない不躾な行動に、部屋の奥にいた一人の女性が静かに不審そうな視線を投げた。
そんな視線を欠片も気にする風でもなく、男は部屋を一瞥して主の不在を確認し、そして大きく舌を打つ。
「・・・ディスト、何事だ。」
「何事も何も大事ですよ!世紀の大発見―いや、これはこの世界が大きく変わる異常事態なのかもしれません!!」
興奮気味に叫ぶ男―ディストは、片手に持っていた書類をバシバシと叩いて彼女へと訴えるが、言われた彼女にはその興奮を汲んでやる意志はないようだ。
「ともかく、ヴァンはどこですリグレット!早急に確認しなければ!!」
「もう戻られるはずだ。少し落ち着いてはどうだ。」
「これが落ち着いていられますか!!」
ヒステリックな声にも怯まない女性は呆れるように短く息を吐いた。
その視線は入り口に立つディストからその背後へと移る。
「・・・ディスト、何事だ。」
「! ようやく戻りましたね!待ちくたびれましたよ!!」
探し人の声にディストは大袈裟に振り返る。
ヴァンはまず説明を求めるようにリグレットへと視線を向けるが、彼女は首を横に振るだけだ。なので至近距離にいる当事者へと視線を改める。
「まあ先ずは部屋へ入りなさい。話はそれからです。」
「では私はこれで。」
ヴァンとすれ違いに退出した彼女は、一礼をしてその扉を閉めた。
一拍の間に、ディストは小さく空咳を零す。
彼が慌しく落ち着きがないことは常だが、その知識と技術には世界から一目おかれる存在である。
そしてその知識を当てにして、つい最近、彼に用事を任せている。
近々報告を期待していたが、それがこんなにも騒々しくなるとは予想していない。
「単刀直入に確認します。
あなたが持ってきたアレは、本当に人間のものですか?」
そしてこれも、想像できた質問ではなかった。
「・・・ああ、五体満足で言葉も通じる、人間だ。」
「本っ当に生きていて、存在する人間だったんですね?」
「・・・何が分かった?」
詰め寄って投げられる質問は奇異極まりない。
それはディスト自身もよく分かっているのだろう。
彼は喜んでいるのか恐れているのか、感情が入り混じっている複雑な表情をして、手に持っていた書類をヴァンへと渡す。
「一目でわかりましょう。
ありえないことが分かりました。」
紙に並べられている数値の列に、ヴァンは硬直した。
「いいですか。それは譜業の故障でも、私のミスでもありません。
それは紛れもない、あの血液の分析結果です。
・・・もう一度聞きますよ。 ソレは、本当に存在する人間なんですね?」
念を押すような問いかけ。
何度も問い正したくなる、不可思議な現実。
ヴァンは、存在を肯定しようとするが、開いた口を一旦閉じてしまう。
自分が知る現実すらも、疑いたくなる結果だからだ。
書類は、大部分に空白。
空白欄に本来入るべき数値が表すのは、その物質に含まれる音素の含有値。
オールドラントに存在する全ての物質が持つべき音素。
それが『無い』なんて、ありえないのだ。
木の股から生まれたって、おかしいのだ。
この結果は、世界規模の異常だ。
「これでこの人間の生殖機能が正常なら、世界が変えられるかもしれません!」
ディストの言葉にヴァンは深く頷き、そして口の端を歪めた。
「・・・確かめる価値はあるな。」
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2009/04/17
敵の心 我知らず
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