21:杏仁豆腐
「とても辛いことになるよ?」
構わない。
そんなこと瑣末だ。
「これまでの傷を暴かれるどころか、
もっと深く傷つけられるかもしれない。」
膿んだ傷を切り捨てるいい機会だ。
失う肉片以上に、私が得るものは大きい。
私は、私の幸せを追求する。
「ずっと、ずっと戦い続けることになる。
勝っても負けても、君を見る好奇の視線は一生ものだ。
それでも、戦うというのかい?」
あなたも 戦ってくれるのなら。
21.薬酒に浮かんだ杏仁豆腐
起き抜けに柔軟していた私の元に届けられた、・・・白湯 い・・・いや、かろうじてお粥だとわかるものが朝ごはんだった。
お米だけじゃなくて、とうもろこしとか入っているっぽい。
不味くはなかったけどとても味気ない代物だ。
そして残念ながら、成長期は過ぎたと言っても、それだけで活発になれるほど燃費のいい体じゃないんだな。
・・・お腹空いたよー。
何を言われるでもなかったので、トイレのところにあった簡単な洗面台で顔を洗い、タオルがなかったので泣く泣く着ていた服の裾でそれを拭う。できれば髪ぐらい整えたい・・・
・・・櫛も何にもないやー。
ガクリと、ベットに膝を落としてそのまま倒れこむ。
やるせなくなる瞬間だ。
そして私は昼食まで何もすることがなくぼーっとして。
昼食は、サラダと正体不明の肉片の混じったスープだった。
その昼食を食べても、結局することがなくてぼーっとした。
・・・いや、頭の中でちゃんと考え事はしているんだけど、どれもこれもここで一人で悩んでいるだけでは解決しないことばっかりだったのでちょっと放棄しているの。
考えたってしょうがないなら考えなくたっていいじゃない。
一人で悶々と言い訳をしながら何度目かの柔軟をするが、結局それを中断するのは晩ご飯が運ばれてきたその時だった。
つまり私はご飯をもらうだけで一日何もしないという、放置にあっていた。
へ、下手に構われすぎるより楽だけど、コレむっちゃ怖いんですけどー!!
・・・などと言いつつ、恐怖に震えて眠れないようなことはない自分の性分に呆れながら、私はそんな一日を4日間ほど続けることになる。
この間に、食事を運んでくれるお姉さんに頼み込んで、タオルと石鹸だけはもらえたことを追記する。
・・・だって流石に体ぐらいは拭いたいし。
そう4日間だ。
私にしてみれば不可抗力でしかない異常事態は、5日目の昼食後に起きた。
ぽかぽかと暖かい陽気に心地よい睡眠欲を掻き立てられながら、私は鼻歌混じりに残り少なくなったメモ帳で折り紙をしていた。
流石に鶴や兜はもう飽きたので、折った紙を繋ぎ合わせて作る鞠みたいなものに専念する。
正式名称は知らないけど、4の倍数の多面体が作れる面白いものだ。
・・・だって他にやることないし・・・
もりもりと作り続けてほぼ球の形の3割ぐらい、完成はおそらく赤ん坊の頭ぐらいのそれを満足そうに眺めていると、きっちりとしたノックの音が部屋に転がり込んでくる。
この部屋に時計はないけれど、日の昇り具合と自分の腹具合でコレが昼食を持ったメイドさんの来訪だとわかった。
そそくさと鞠もどきを隠してメイドさんから昼食の乗ったトレイを受け取り、変わらないメニューの昼食をすぐに胃に流し込んだ。
味気なくたって、少なくたって、栄養は栄養です。
ありがたく頂きます。
食べ終わった食器を入り口近くに置いて、よっこらせとトイレへ向かう。
さっさと用を済まして、口をゆすいで。
ガッシャーン!!
あっ 不吉な音!
耳をすまさずとも十分に届いた破壊音に私は口元を拭っていたタオルに思わず顔を埋め、こっちの個室まで響いたその音から意識を遠ざける。
だってこの音は、どう考えたってナニがアレになった音だ。
(ナニ=ガラス アレ=こなごな)
そして、ドアから誰が入ってくるわけでもなくそんな展開を迎えるといったら、確実に私がどうにかされそうな展開になるに決まっている。
い いやだ!
現実を直視したくない!!
私がこんな所に落ちてしまった時点で平穏な事にはならないだろうとは思っていたけど、こんなハプニング的な日常の変換はイヤだ!
とても好転するなんて思えない!
だがしかし、このままトイレに篭城するっていうのも格好悪い。
それに窓が割れた・・・割られた? 原因も放置していいものか。
コレがただの事故ならまぁ、いい。
・・・いや、よくはないけど。
だけど、これが私を始末するための襲撃だったら?
うん・・・篭城どころか、格好の餌食になりかねない。
ふはははっ 神様は私をよほど嫌っているんだな!!
泣くぞこんちきしょー!
そこまで脳内で叫んでしまって、現実逃避は終わりだ。
私がここに篭っていても話は進むだろうけど、私のあずかり知らぬところで私に係わる場面が展開されていくのは面白くない。
それが、ある意味私の命綱に繋がるんだったら尚更。
できる限り息を殺して、そして私はそっとドアノブに力を入れた。
そっと、そっと押して隙間から窓へへと視線を向ける。
あぁ・・・そよそよとカーテンが風に揺れているのが見えた。
随分と風通しがよくなってくれたみたいです。
きらきらと光を反射しているのは、風を導いたガラスの破片たちだろう。
ベットから床から、なんと綺麗なんでしょう。
だがそれ以上の問題が視界に写っている。
おそらくそれが、あの窓を割ってくれた原因君。
窓の外側で呆然と立つつくしているのは、日の光に燦然と輝く赤い髪を垂らした少年だった。
私が倒れたあの場所にいて、そしてガイさんとやらに庇われていたはず・・・つまり、あの子は彼が身を挺して庇わなければいけない対象なんだ。
うーん、それだけ大切にされるべき子がなんでこんな所にいるんだろう?
呆然としているその顔色はあまりよくない。
ガラスを割ったことに罪悪感を覚えているんだろうか。
「・・・・・・なんだコレ・・・?」
こちらまで届く困惑に満ちた声に、私は思わず首を傾げた。
彼の視線の先、は・・・・・・・・・・・・・・・ああ、折り紙か。
そういう文化は無いのかな。
彼が知らないだけかもしれないなぁと思っていると、彼は割れたガラスが残る窓枠へ無造作に手を伸ばす。
信じられないことに。
それは部屋の中へと身を乗り出そうとするための動作だと窺えたが、いや、そんな馬鹿な。
バァン!
「こっ コラー!!」
思わず扉を開け放ち叫んだ罵声に彼の腕が跳ね、その体も一歩分後ずさる。
間一髪だ。
やれやれと思うものの、見開かれたままこちらに向けられる綺麗なグリーンの瞳に、私は自分の状態を再認識した。
ああ、わかってる。
小汚い格好をしていることくらい。
「・・・な、なんだよお前ッ!?」
飛び出してしまったものはしょうがない。
開き直って胸を張り、私は彼を思いっきり叱る。
「なんだもなにもガラスを触ったら危ないでしょう。」
「そ、そーゆーことじゃぬぇーよ!!
―って、お前! この間のフライパン女!!」
「ふ、フライパン女ぁ!?」
な、なんだそりゃ!?
っていうか、人を指差すな小僧!!
「フライパン女だよ!
何でお前フライパンから出てきやがったんだ!? おかしーだろフツー!!」
私へと指を向けたまま叫ばれる内容に思わず納得してしみじみと頷く。
彼の言うことは正しい。
十二分に私はおかしい。ちなみに彼の安直なネーミングセンスもおかしい。
「おかしいのは確かに認めるけど、『フライパン女』はないでしょう。
私は。・です。」
「ふーん、変な名前。」
「そういうきみは?」
聞き返すと、興味を薄くしていた表情が一変して歪められる。
うーん、不機嫌そうな顔をすると助けてくれたおにーさんにそっくりだ。
「はぁ? おまえ、俺の事も知らないでここに来たのか?」
「残念ながら私はこの世界のことをほとんど知らないんです。
気を悪くさせたのならごめんなさい。」
私が言った直後、不審そうに細められていた目が見開かれた。
その表情の変化は私も意外だ。なので、軽く眉を顰めて間を作る。
「・・・・・・知ら、ない?」
「まあねー」
あくまでも調子は軽く。答えながら極力視線が強くならないように彼の動揺の観察をするが、どうも、困惑しているだけにしか見えない。
ただ、私の馬鹿な発言に対する蔑むような感情じゃないみたい。
うーん、何かトラウマでも持ってるのかな。
だが私はカウンセラーでもセラピストでもないので、この問題は置いておこう。
地位の高い人間と関係を持つって言うのは、最下層の人間にとっては畏れ多すぎることなんだ。
百害あって一利なし!
・・・言い過ぎかもしれないけれど、警戒するに越したことはない。
私は一市民、一市民、町人A。心底どうでもよさそうな町人Dでも可。
そこでくるりと部屋の中に視線を巡らせると、ベットの向こう側にこの部屋にはなかったものが増えていた。
「知らない物を新しく知っていくのは楽しいから、そこまで気にしないんだけどね。
・・・ところで、コレは君の?」
「! ―あ、ああ。」
すたすたとガラスを踏まないように歩いて私が拾い上げたのは、随分と使い込まれたかんじの木刀だった。おそらくコレが、この惨状を作り出してくれたのだろう。
ぶっちゃけ、私の立場を最悪にしてくれた気がするが。
「―ま、お互い怪我がなくてよかったですね。」
言って、私は彼へと木刀を投げ渡した。
そしてこれから起こるだろうことに、心を構えた。
だって・・・ねぇ。
さっきも言った通り、私はこの世界では最も地位も信頼もない人間になってしまったんだから。
ドォン!
― ドガッ
発砲音とほぼ同時に襲ってきた衝撃に、一瞬意識がとんだ。
衝撃は真横から。
そんでもって、意識が拡散されるような衝撃に私の足腰が堪えられるはずもない。
「ぎゃふ ―ッぐ んーッ!!!」
床に倒れこんだ左半身が、しょうげきいっ っ ッ
ガラスーーーーーッ!!!!
いっっっっっ て えぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!
脳神経を焼き切るんじゃないかってぐらいの激痛に、内心で絶叫する。
全力で傷ついていない右手で地面を叩き、私は自分の体をガラスの少ない(だろう)床へと転がりだした。
そうでもしなきゃ自分の体重で更に深くガラスが刺さってしまうからだ。
そりゃあ窓ガラスが屋内に飛び散っているその床に全体重をかけて転がればガラスだって刺さりたくなくたって刺さるわよね!そりゃあそうだ!!
あはははははははははっ!!
「ルーク様!!」
「ルーク様ご無事ですか!?」
痛みに先程とは違う意味で意識が半分トンでいた私は、耳に入ってきたその言葉に、きつく閉じていた瞼を細く開ける。
ああ、あの子はルークという名前なんだ。
「な、なんでっ お前ら何やってんだ!?」
「ルーク様、ここは危険でございます。どうぞこちらへ。
すぐにガイを呼びつけましょう。」
「ちっげぇよ!!なんでアイツに、あんなことしてんだって聞いてるんだ!!」
震えている声に乗っている感情は、ほとんどが怯えだ。
・・・おぉ・・・私のこの状況に憤ってくれているのか。
っていうか、ここの使用人さんたちも温室育ちっぽい子供の眼の前でこんなショッキングな映像を見せるんじゃありません。教育に悪いだろう。
必死になって叫んでいる彼と彼を囲むようにしてこの場所から連れ出そうとしている、すっかり顔馴染みになってしまったメイドさん二人を眺めながら私はそんな考えを巡らせていた。
痛い。 痛い。 マジ痛い。
いや、確かに私は放置される存在なんだけど。
ちょっとコレ、あの、洒落になんない。
傷口から溢れる血液に床が汚れているんですが、もしもーし。
・・・もしもーし・・・
「あ゛ーっ!うるっせぇな!!ゴチャゴチャ言ーうーな!!
お前らは俺の言うこと聞いてればいいんだよ!!」
あらやだ暴君?
「ともかく、アイツの怪我を手当てしろ!!
それで俺に話をさせろ!! いいな!!」
撤回します! 救世主様!!
「ルーク様なりません!!」
「うぅーるーせぇ!」
やっていることは暴君そのものだけど、その行為が私を助けてくれるのなら何だっていい。
頑張れルーク君!
君のそんな無防備で横暴なところは正直心配だけど、今こんな状況を助けてくれるのならなんだっていい。
頑張れ!頑張って!
ガガガンッ
痛みに堪えていた私のすぐ傍の床が、固い悲鳴をあげた。
首を傾けた視界を埋めるのは、銀と、鋼の二色。
音の感覚から、私がそれらに囲まれたのだということはわかった。
―無力!!
あぁぁぁぁぁっ 頑張ってぇぇぇぇぇッ!!
あんな子供に祈ることしかできない自分自身に泣きそうになりながら、私は瞼を閉じた。
痛い。熱い。いやだ。
何で私がこんな目に!!
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2008/03/26
理不尽だ!理不尽だ!! 殺す気か!!??
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