20:きんぴら





体を丸めて、耳を塞いで、口を噛み締めて、目を閉じた。
刻々と歩み寄ってくる終わりの気配と仲良くなって、
そして意識の浮上と同時に別れを告げる。


なんでとか。

どうしてとか。

助けてとか。


意識と言葉は意味を持たなくなる。

訴えても通じない。
ただ、私は隔離される。

私を見つめる目に、殺意が宿る。


私は生きたいだけなのに。










20.一斗缶いっぱいのきんぴらの材料に戦慄する










 生まれたときに詠まれた預言によって森の奥深くで生活するようになりました。
 物心つく前からの生活だったので不満も何もなかったのだけど、
 一緒に暮らしていた祖母が亡くなったら、それまでずっと定期的に来てくれていた
 行商人が来なくなってしまって、そうこうも言ってられなくなったんです。
 だから家を出る決意をして森を出ようとしたら、山火事に遭ってしまいました。

 だから私は
 そこで死んだはずなんです。
 


「・・・以上が、侵入者である女性が話した全てです。」

ガイからの報告をそのまま話したラムダスに、ファブレ邸の家主であるクリムゾンは盛大にその眉を顰めて見せた。
ラムダスの後ろで直立しているガイだってそんな顔をしたくてたまらなかったが、流石にそれは堪える。
それほどまでに、彼が聞き、そして伝えた内容は不可解なものだったからだ。
端的な話をそう締めくくられても、対面している彼は渋い顔を崩さなかった。
その話は、何の根拠もなさ過ぎる。
そんなことは誰だってわかる。
ただ、それを、正す方法が見つからないのだ。
言及する術と、材料がなければ、人のいう言葉はどれも『真』になる。

しかも彼女と出会った人間が、彼女のことを預言に詠まれていたかもしれないと言う。
ここが預言を珍重するキムラスカであるおかげで、そんな不審人物が斬り捨てられることもなくこの家に留められている。
彼女にしてみれば幸運だろうが、家人共々面倒くさいことこの上ない状況だ。


だが、やはり無下には扱えない。


「名は?」
と名乗りました。」

ファミリーネームもファーストネームも聞かない韻だ。
偽名という考えも浮かぶが、やはりそれを否定できるほどの根拠がない。

「教会に、その家名で預言の記録がないか調べるように。
 後は時間の問題だ。カルファ・レンプティが他に物を拾うかどうかだ。
 そのためにも普通の生活をさせろ。その者に関しては決して口外させるな。
 ・・・一週間、女の様子を見張れ。」
「はっ そのように。」

ラムダスが深く礼をする気配に倣ってガイも同じように腰を折った。
クリムゾンからの話はこれで終いだとわかっていたので、彼が机の上の書類に視線を落としてすぐにガイとラムダスの二人は部屋を後にしようとする。

「―そういえば、ルークの様子はどうだ。」

ふと、投げかけられた言葉。
扉を開けようとしていた手を止めて、ガイは内心で「らしくない言葉だ」と笑った。

「坊ちゃまはたいそう驚かれていましたが、今は落ち着かれています。
 先程昼食を摂られたと聞いております。」
「・・・そうか。ガイ、ルークにこの事を他の者に吹聴せぬよう言い聞かせておけ。」
「はい。」

そこで、今度こそ会話は打ち切られた。







「―立て。」

乱暴に投げつけられた言葉で、私は意識を覚醒させる。
まどろんでいただけのつもりがいつの間にやら眠っていたらしい。
目を瞬かせながら辺りに視線を巡らせると、入り口が開け放たれ、そこに一人の全身鎧を着た人が立っていた。


一目見た感想、正直、博物館に来ているみたいな気分になった。


「立てと言っている。」
「・・・あ、はいはい。」

再度言われて、私は体を捻りながら何とか立ち上がる。
辺りは薄暗い・・・すっかり夜になっているようだ。
私が立ち上がった姿を確認すると、そいつは手に持っている槍の腹で私を叩いてくる。

なんという扱いだ。私は汚物か。

腹が立ちつつも・・・その仕草の意を汲んで私はその人の前に進んでいく。
ようやくここから連れ出してくれるらしい。
そればっかりは御の字だ。
石畳のおかげですっかりお尻やら太腿が冷たくなっている。
風邪をひいても困るのだ。やっぱり。

「進め」
「はいはい」

指示されるままに進む。


そして目的の場所は存外に近かった。


「ここに入っていろ。」

言われるまま入ってみれば、そこは何の変哲もない部屋だった。
6畳ぐらいの部屋にははめ込み式の窓、そして簡単なベットとそれと同じぐらい簡単なクローゼットが置かれている、凄くシンプルな部屋。

ぶっちゃけ、何で私がこんな所に連れてこられたのか皆目見当もつかないんだが。

中へと踏み込んでおきながら戸惑う私に、先程の鎧の人が腕を伸ばして、私を縛っていたロープを切ってくれる。
自由になる分には構わないけれど、なんでだ?
理解できない状況に顔を顰めていると入ってきた入り口を閉められた。

あっ 拘束じゃなくて、軟禁?



・・・だから、なんでだ??



私に一室を与える理由が思いつきません。

なんですか。
考えることを放棄してもいいんですか。


いっそのことそこのベットに身を投げて現実逃避に眠ってしまいたいけれど、さっきよほどぐっすり眠ったのか眠気は欠片もなかった。
仕方なく、薄い屋内灯に照らされている室内を見回す。
ベットの脇にある小さなサイドテーブルにメモ帳があった。



ちゃーちゃっちゃらー はメモ帳を手に入れた。



・・・自分自身にアホかと呟きながらベットに腰を掛け、私は何気なくそのメモ帳を剥ぎ取る。
適当に折り紙をしながら、さあ改めて考えてみようか。


ここは貴族さんのお屋敷で。

私は不審者で。

それなのに私は生かされている。


ハッキリ言って私に何か価値があるなんて思えないし。
私が吐いた嘘だって、どう考えたって嘘そのものだ。
あの場で殺されなかったのは、あの金髪のお兄さんがこのお屋敷でそんなに高い立場の人間じゃなかったんだろう。
だから即断されなかった。
そして至っている今の現状が、私のことを考えられた結果ということになる。

・・・うん、やっぱりおかしいよね。
それでいて、何でそういう状況に落ち着くのかがやっぱりわからない。
痒いなぁ・・・せめてもうちょっと何か情報があればいいんだけど。


左手一本で鶴を折りながら私は部屋の中を探索してみる。


ベット  クローゼット  スツール  サイドテーブル  窓  カーテン


どれもこれも、言っちゃ悪いがネビリム先生の家にあったものよりも材質が上等な気がする。
なんていうところに進入したんだと軽く絶望感に襲われるけれど、やっぱり気にしてもしょうがないから深くは考えない。

そしてドア発見・・・奥には、おっとトイレだ。
これでキッチンと冷蔵庫があったら不自由なく生活ができそうです。
冗談じゃないけれど。

出来上がった三つ目の鶴を床に投げ捨ててクローゼットを開けてみれば、思った通り空だった。

「ふーん・・・」

きちんとクローゼットを閉めて床に膝をつき、ベットの下を覗くが特に何があるわけでもない。
私が寝込んだところで ざくーっ っていうのはないみたいだ。
よかったよかった。


 ゴンゴン


変な方向に安心すると同時に飛び込んできた、とても丁寧とはいえないノックの音に慌てて立ち上がる。

「―はい。」
「失礼する。」

私の返事のすぐ後に入っていた声は、すぐにドアを開けてその体も入れてきた。
大柄の、白銀の全身鎧を着た人だった。
その人の後ろには大変可愛らしい服・・・あ、ひょとしたらメイド服なのかもしれないもの・・・を着たそこそこの年齢の女性と、お局様を彷彿とさせる老獪な女性が連なって入ってくる。
武器を持っているのは鎧の人だけだ。

「なんでしょうか。」
「・・・貴女の身体検査を行います。」

とりあえず姿勢を正して真正面から問いかけると、そんな答えが返ってきた。
答えたのはご年配の方の女性。不審者であれど性別は考慮してくれるらしい。
まぁ、鎧の中身はどう考えても男の人なんだが、そこは譲歩してくれた結果なんだろう。



だから・・・なんで私なんかに譲歩するんだ??



「そちらの荷物、衣服も預からせていただきます。
 よろしいですね?」
「・・・あ、はい。 えーと、このままここで脱いだほうがいいんでしょうか?」

私が、肌を晒すことにそこまで抵抗を覚える人間じゃないのが救いかもしれない。
とりあえず聞いてみたら、その人は視線を後ろにいた女の人に流した。
すると後ろに控えていた彼女は壁の調節ねじをいじって部屋の中を明るくし、そしてそっと私へと近づいて目の前に深めの籠を置き、その籠の中に入っていた白い布を両手で広げ、鎧の人から私の姿を隠してくれた。
ご年配な女性は布の下に入っていた服を取り出し、そして私へ向き直る。

「どうぞ。」

なるほど。
私の格好が見えるのは同性の方々だけだ。

まずはマントと手袋。
次にブーツ。
マントの下に背負っていたナップサックを続けて放り込み、ベルトにつけていたポーチもいっしょくたにして放り込む。
上着を脱いで、ズボンも脱いで、肌着もスパッツも靴下も脱ぎ捨てる。


・・・さぶい。


「・・・・・・・・・」

私の体を一瞥して浮かんだ物言いた気な視線には気付かないふりをする。
言いたいことがあるならいえばいい。

「下着はどうすればいいですか?」
「・・・―結構です。 両腕を広げて掌を開き、その場で一度回りなさい。」

言われるままに腕を開き彼女たちへと背中を向ける。


今度こそ、彼女達は隠すこともできずに息を呑んだ。


「―どうした?」

入口で控えている鎧の人が問いかけるほどの動揺。

「いえ・・・なんでもありません。」

何を思われたかは大体予想がつく。
けど、コメントがないのであればそれまでだ。
くるりと向き直り、やや気色を損なったように見える彼女達の表情を見つめ、私はにこりと笑ってやる。

「他に、私はどうすれば?」


私は普通じゃない?

普通?

いいや。
これが、私の『普通』だ。


誇るような体をしているつもりはないが、恥じる体ではないと思っている。
だから私は怖じ気づかない。

私が生きている証こそ、この体だからだ。


「・・・荷物を改めます。今後はこれを着ていなさい。」
「はい。」
「・・・一応、ソレがどういった経緯でのものか、訊ねても?」
「小さい頃の事故、ですよ。
 木片混じりの土砂崩れに巻き込まれました。
 怪我自体は致命傷じゃなかったんですけど、刺さっていたそれらを取り除くためにこういった痕が残りました。」

事故は本当。
彼女たちが息を飲んだのは、正面にはほとんど目立たない傷跡に対してだ。
正面に少ないその分、全ての衝撃と裂傷を受け止めた背中側は酷い有様だった。


それがどうした。

生きてりゃいいのよ。生きてれば。


女の人から服を受け取り、それを広げて着方を確認してからすぐに着てしまう。
白いワンピースだ。
うん、当たり障りのない服でよかった。



でも、あんまり真っ白だと・・・あれだ。



スカートの裾を片手で撫でている私を前に、彼女たちはてきぱきと動いて私の荷物などをひとまとめにして最後に、私を隠してくれていた白い布でそれらを隠して私へ向き直る。
日本じゃ見ることのない綺麗な瞳を、全てこちらに向けた代表としてご年配の女性が口を開いた。

「・・・今日は以上です。それでは。」

そしてドアが開かれて、彼女たちはその奥へと入っていく。
閉められてすぐにガチャリと硬い音がした。


監禁でも軟禁でもどうでもいい。
私に危害さえ与えてくれなければ。

ぺたぺたと裸足でベットへと戻り、私は仰向けにベットへと身を預ける。
その振動に、ベットから折ったばかりの鶴が落ちたがそれだってどうでもいい。


「・・・こっちには死装束なんて風習、ないよねぇ・・・」


思わず連想してしまった『白い服』。

私の境遇と合わせて連想するにはあまりにも洒落にならないと、私は思考を打ち消すために少しだけ湿気ったベットに体をもぐりこませた。













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2008/03/10

 生きていることを最大の誉れとする。


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