19:ロールキャベツ





指が動いた。

足も動いた。

息が吸えた。

世界を見れた。


そして私は、殺された『私』を後ろに置いて前へと向き直る。


忘れない。
忘れたりはしない。

貴女がいなきゃ、『私』にはならなかったから。
貴女じゃなきゃ、あの人に会えなかったから。

生きていたいよね。
一緒にはなれないけど、生きようね。



だってこんなにも世界は美しいから!










19.ほこほこロールキャベツの中身がキャベツ










「♪ 〜♪♪」

上機嫌に食材に包丁を刺し込んでいく一人のコック。
肉に切れ込みを入れて、そして次にはその切れ込みに香料やスパイスを詰め込んでいく。特ににんにくは欠かせない。
そして下準備を終えたらその肉の塊にタコ糸を巻いて、それを温めていたオーブンへ入れる。
その間でも止まない上機嫌な鼻歌。

「随分と楽しそうですね。」

突然の声に振り返ると、厨房の入り口には短い金髪を日の光に晒す好青年が立っていた。

「ん? おぉ、ガイじゃないか。
 やっぱわかるか?」
「カルファさんがそんなに喜んでいるの、久しぶりに見ましたよ。
 何かいいことでもあったんですか?」

手に持っていた籠に入り口の傍に積んでいた箱から林檎を取り出して乗せながら、ガイと呼ばれた青年が問い返すと、カルファは隠しもせずに満面の笑みを浮かべてみせた。

「おお、いいこともいいこと。
 ただ、それはまだ起きちゃいないんだがな。」

大きな鍋に山盛りの刻まれた玉ねぎを入れて、コンロに火をつけ、笑いながら大きなしゃもじでそれをかき混ぜ、空いた片手でバターの塊を投げ入れるとガイへと視線を投げる。
そんなカルファの話したくて仕方が無いといった表情に気付くと、ガイは苦笑を隠さず籠の中の林檎を片手で弄って、態度で話の先を促がした。

「実はだな、この間の臨時収入で預言を詳しく詠んで貰ったんだ。」

嬉しそうに話し始めたカルファの笑顔にガイは「なんだ」と内心で鼻白んだ。
視線を鍋へと戻した彼がそんな感情の変化に気付くはずも無く、上機嫌なまま話を続ける。

「そうしたら近々俺は、珍しい拾い物をするらしくてな。
 それを拾えば俺の仕事は楽になって、加えて更にいいことも起きるらしいんだ。」

嬉々とした声にガイが一度大きく瞬きをする。

「そりゃぁ…珍しい預言だな。
 そんな内容の物は初めて聞いたぞ。」
「だろう? 俺もそうだ!
 それが何時なのかはわからんが、預言の言うには『近々』…だからな。
 もうそろそろ起きてもいいと思うんだ。それが楽しみでなぁ!」

30代半ばという年甲斐も無くはしゃいでいるカルファは本当に嬉しそうで、楽しそうだ。
じゃかじゃかと鍋を揺らして玉ねぎに均一に熱が通るように混ぜて、近くに置いてあったパスタの山を別のコンロのフライパンに移してそれにも火をつける。
使用人達用の料理が出来上がっていく様子に、ガイも思考を切り替える。
日頃から楽しそうに料理をする彼が、それに輪をかけて上機嫌になっているのだからその料理の味にも期待ができよう。

「はは、だからそんなに機嫌がいいわけか。
 預言にも詠まれる良い拾い物をしたら、俺にも幸せを分けてくれよ。」
「あっはっは! そうだな、仕事が楽になったら今度お前の好物でも作ってやるさ。」
「約束だ――」

「ガーイッ!!」


 ドンッ


朗らかに会話を終了させようとしたガイの全身が、呼びかけと同時に降りかかったその背後からの衝撃に傾いた。
後ろへと振り返ろうとしていたタイミングなもんだから見事にガイの足がもつれる。

「なっ ――うわっと!」
「お前さっさと帰って来いって言っただろ!?」
「なっ ル、ルーク様!?」

体勢を崩しそうになっているガイの後ろに見えた人物の姿に、カルファが声を上げた。


そんな彼の右手には、パスタをフランベしようとしたお酒のビン。

口が開けられ傾けられているそれからは、当然、中身が飛び出るわけで。



 ボオォゥ!!



そしてなみなみと注がれたアルコールに、見事に火がついた。
パスタから昇る換気扇も焦がしそうなほどの火柱に、文句を言おうとしていたルークとガイも絶句する。
物凄い火力といえども、所詮はアルコールだ。
発火する量が無くなれば自然とその火柱も収まるもの。

なのだ、が。



 ボォォォッ


 ボッ  ボ ボッ



火柱の色が、変わる。
鮮やかなオレンジの中央に黒い濁りが生まれる。


そしてその濁りが形になる。



 ボ  バッフッ!!


「――ぶ、わっ ふぎやぁぁぁぁ!!!」



火柱を割り裂いて飛び出した濁りは、コンロの上から床へへの避けようのないダイブに奇妙な悲鳴を上げた。


 ド  ガツン


頭を守ろうと空中で体を捻り、左肩を強打。
あまりの激痛にそのまま床で体を丸める姿にカルファとガイは思わず顔を見合わせた。

「―お、お前、どっから出てきたんだ!?」

驚愕の声を上げたのは、今は消え失せた火柱を色濃くしたような髪の少年だ。
ルークと呼ばれた少年の言葉に、床に蹲った黒髪の頭がその声の方向に向けられる。
露わになったその顔はどこか煤汚れていたが、それでもその顔の造りはまだ歳若い女性のものだと認識できた。

少女は、髪と同色の黒い瞳を不思議そうに何度か瞬いてみせる。

「――へ、え?
 あ・・・れ・・・ここ、どこ??  で、だ、誰??」
「お、お前が先に名乗れよ!」
「・・・あー・・・私は、ですが・・・え、えーと・・・え?」

肩を押さえて首だけで周りの様子を窺い、そしては、顔色を青くした。
そんな彼女が見つめる少年はじっと見下ろしたまま動こうとしなかったが、ややしてその姿は、彼の前に立っていたガイによって隠されてしまう。

その青い目には強い警戒の色。

それを見て、顔色は悪いままだが、怯えはせずに戸惑う
彼女がついさっき見ていた風景との、あまりの違いに頭がついていっていないのだ。
戸惑うなというほうが難しいのだが、そんな事情を目の前の彼らが知るはずもない。

「・・・・・・・・・ここは・・・どこですか?」

心の底からの言葉は、厨房にポツリと落とされた。













事を大きくする訳にはいかないと言い放たれたかと思うと、私はそのまま何を縛っていたのかわからないロープで縛られ、その厨房らしき場所の食糧庫らしき場所に突っ込まれた。
そして私は冷たい石の床に転がったまま、薄暗いこの部屋でじっと待つことしかできないでいる。


・・・私の言い分???

いやー聞かれもしなかったなぁ


自分自身が不審者だということを理解しているので、私のことを理解してもらうまでは無抵抗でいようと決めたのだが・・・それでもやっぱりこんな扱いをされると悲しいわけですよ。
思わず乾いた笑い声を上げるが、それもまたどうしようもない事なので思考を切り替える。

ついさっき、私が立っていたのは雪国だった。
ところがどっこい、気がついたら人様のお家の中だ。
窓が開け放たれていたりしたから、気候からして違う場所なんだろう。

うーん、どうやら私はまた飛んでしまったようだ。
相変わらず、何がきっかけになっているのかまったく理解できない。

でも、落下物のことを考えると、この現象は私に害意があるわけではないのだろう。
現に先程も焼死しかかっていた訳なんだし。
・・・きっと、私を助けてくれたんだ。

・・・・・・・・・ジェイド君とサフィール君は、大丈夫なんだろうか?

『助かる』という言葉で思い出すあたり、私も薄情な人間だなと思う。
先生のレプリカがわざわざ引き返してまで何をしようとしたのか・・・それは、わからないけれど。何の躊躇いもなく私を燃やした彼女を前にして、あの子供たちが逃げ切れるとも思えなかった。

彼らは、殺されたのかな。
それを悲しいとも思うし、寂しいとも思う。
でも、憤るには至らない。

私が何の確証を得ていないからだ。
事実を知らずに感情で走ると、後で痛いしっぺ返しをくらうのは自分だし。
それに仇を討とうにも、私にはそれだけの力を持たない。


ああ、無力無力。

なんか情けなくなってきた・・・


そこでまた、思考を切り替える。
ここはどこなのか・・・は、考えても仕方が無い。
けど、ついさっき私が目にした人達。
鮮やかな髪のあの少年には見覚えがあった。
あのお兄さんに瓜二つだったけど、記憶の中のその人よりもだいぶ幼く見えたし・・・あー・・・もしかして過去とか?
あそこまで似ていたら、私、タイムスリップとやらをしたんじゃないだろうか。
だとしたら、私はまた「0」からのスタートなのか。

だいぶ寂しいな。

しかも不審者扱いだし。

・・・・・・今度こそ死ぬかもしれないな。 ははっ



・・・・・・・・・・・・・・・は   ははっ
ヤバイ、洒落になんない。

ジェイド君に殺されかかったときもそうだけど、私って運があるのかないのか。



敵意が無いことだけはちゃんと伝えよう。
後は・・・どうしようかな。
なにか身の上話でも考えていようか。


 がちゃん


もんもんと一人で自分の設定を考えていたその時、扉から鍵が回される重い音が聞こえた。


・・・・・・さて。
これからが本番だ。

生殺与奪の権利はあちらにある。

それを判断する材料は、私からの情報だ。


だから、私は。

見誤らないようにしなければならない。













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2007/12/17

 善良な市民なんです。ちょっと怪しいだけで、悪意はないんです!


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