18:チンジャオロース





一生分の涙を流した。
一生分の悲鳴を上げた。
一生分の助けてを使い切った。
一生分の恨みを抱いた。

そして私は、一生分の勇気を貰った。

私の行いで不幸になる人も居る。
むしろ私が彼らの思い通りになればよほど楽しい生活になるのだろう。
だけど私は、幸せになる事を許された。
それを望まれた。
怯えるなと言って貰えた。

だから私は戦う。

武器は知識だ、体の傷だ。
私は、私のために生きる。
それだけが、私の道を指し示す。


だから私は、躊躇わない。<










18.青椒肉絲でししとう被爆 誰だ刻んで入れたのは










「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんっ な、もんかな。」

カチンという音をたてて締めたベルトを最後に、腕を広げて自分の体を見下ろしてみる。

私が今着ているのは新しく買った、この世界で言う旅装束のようなものだ。
大き目の上着はけっこうなダボダボ感だが、生地がしっかりしているのでそこまでおかしくは見えないだろう。防寒のためのマントっぽいものを巻けば完璧だ。
男装というものを真面目に考えてもいたけれど、女がそんな格好をしていたら否が応にも目立つ。
・・・こういう時、中性的な体と顔つきっていうのも憧れるものだ・・・

、準備はできたの?」
「あ、ちょうど今できました。」

扉の外からの先生の声に振り返りながら、纏めておいた荷物を手に取る。そしてそのまま扉を開いた。
私はこの服に大枚をはたいたのだ。
これからの生活を支えてもらわなければいけないので大事に大事に扱うとしよう。

部屋を出るとネビリム先生が私の格好をチェックしてくれた。

「よく似合ってるわ。
 ここから港に行くと、昼過ぎにグランコクマへ向かう船に乗れるから。
 そこでならまた仕事を探せると思うわ。」

先生から手渡された地図は、私が日本語で街や地名の読み方、そこがどういった場所なのかが書き加えられている代物だ。
体が本調子に戻るまでに行なった、私がここを去る下準備の一つだ。

「グランコクマ・・・っていうと、この国の首都で・・・
 えーと、小銭を惜しまず馬車に乗って港に行き、そこから首都行きの船に乗ればいいんですよね。」

地図をなぞりながらの私に先生は頷いてくれる。

「そう。そしてこれが、グランコクマの地図。
 赤く塗りつぶしているのが軍部と貴族街のある場所だから、近づかないように。
 ここと違ってだいぶ気候は穏やかだけど、この季節はまだ夜は冷えるし、そこまで安全な街じゃないからちゃんとした宿を選びなさい。」
「はい。」

手渡された地図を受け取る私を見つめて、先生は壁に掛けてある時計へと振り返った。
そろそろ次の授業が始まる時間だ。

「できれば見送ってあげたいけど・・・」
「いえー、私が出て行った事がジェイド君にバレたら殺されそうなので。
 スミマセン。そのご厚意だけで十分です。
 ・・・どうか、上手くごまかしてください。」
「あら、大きな面倒ごとを残して。」
「ぐぁ・・・どうか、どうかよろしくお願いします。」
「大丈夫よ、なんとかなるわ。
 こっちはいいから貴女は自分を大事にしなさい。」
「・・・はい。」

裏口へとたどり着き、ドアノブに手を掛けて私は先生へ姿勢を正す。

「短い間でしたが・・・ネビリム先生、本当に有難うございました。」
「こちらこそ。有難う。
 あなたに会えて、私は自分の見聞を深めることができたわ。
 またいつか、遊びにいらっしゃい。
 も私の生徒なんだから。」

とてもキレイな笑顔に応えるために、私も笑顔を浮かべる。

「わかりました。その時は――ジェイド君から守ってくださいね?
 それでは先生、さようなら。」
「さようなら。」

その言葉を最後に、私は冷たく冷えたノブを握る。
吹き込んでくる雪混じりの風に相変わらず馴染みを覚えないまま、私はお世話になったこの場所を後にする。
振り返って一礼して、そしてドアを閉める。
そしてすぐに私は歩き出した。



これでこの街ともお別れか・・・


感慨深いような、そうじゃないような奇妙な感覚。
子供たちはみんな教室に居るだろうから、追いかけられるような心配は無用。
心配しなきゃいけないのは私を捕まえようとしたあの男たちの存在だ。

あの人たちは、MDから一体何を聞き取ったんだろう・・・
っていうかあのMDには何を入れてたかな?
うーんと悩むものの、思い当たるのは普通の曲だ。

ザクザクと雪を踏みしめながら商店街へと向かいつつ、私は買わなければいけないものも考える。
私は戦えないから、魔物との遭遇率を下げるという『ホーリーボトル』とかも買っておこう。
効くのかどうかは知らないけど。まぁ、ここは剣と魔法の世界なんだ。グミで体力が回復するんだから、それぐらい起きてもおかしくないのだろう。
何か武器も買ったほうがいいんだろうけど、そこまで手を広げていたらあっという間に財布が風邪を引いてしまう。なのでそれは諦める。

見えてきた道具屋の入り口くぐり、そこで時計を確認して商品を物色。

そして店番のおばさんと軽く言葉を交わしてそこを出る。


丁度、その時だった。



  ド ォ ン



鈍い、何かが爆発する音が私の耳に届いた。
買った荷物を鞄の中にしまうために立ち止まっていた私は、首を逸らしてその方向を見やった。音はそこまで遠くもないし、近くでもない。


黒煙が見えた。

黒煙に紛れる火の粉が見えた。


そして、その方向には覚えがあった。


「・・・・・・・・・・・・ぇ・・・・・・」


嘘だ。

嘘だ嘘だ。

ちょ、ちょっと待ってください。

あの、あの方向は―――


理性が、思いついた可能性を否定しようと頑張る。
無駄な足掻きをした。


「大変だーッ!!ネビリム先生の家が火事だぞーッ!!!!」


響いた言葉に愕然とするよりも早くに、私は駆け出した。

元来た道を。
茜色が漏れる、その家へ向かって。








慣れない雪道を走り続けショートカットを試みて突っ切ろうとした林の奥に、見覚えのある銀髪の女性が立っていた。
どこかぼうっとしているようにも見えたけれど、その人はどこか負傷した風でもない。
込みあがってきた安堵に走る速さが鈍る中で、私は人影が一つではなく小さいものを合わせて3つあることに気付く。
一つは金髪、もう一つは銀髪の・・・子供だ。

ジェイド君と、サフィール君・・・?

ジェイド君への警戒で思わず足を止めてしまう。
だって、私がここを離れるって気付いたら、私を殺すかもしれないし・・・

よくよく見てみれば、二人も怪我はしていないようだ。
・・・今日はフランツ君は休みだと聞いていた。
ネフリーちゃんも来ていなかったはずだ。
親しくしていた子達の無事に心の底から安心する。
よかった・・・本当に・・・・・・・・・

私が様子を窺っている3人の元に、一人のおじさんが現れる。
そのおじさんへと、先生が振り返った。


そして先生は跳んだ。

そして赤い花がパッと散る。


おじさんの体は崩れ落ち私は立ち尽くす。そしてその場所に先生と、ジェイド君と、サフィール君の3人だけが残った。
じわじわと、雪に広がる赤い液体は雪を溶かし、滲み、湯気を立てて固まる。
それが見えた。
それに見向きもしない、ネビリム先生がいた。

私も硬直する。
硬直するぐらいしかできない。


・・・・・・アレは誰だ?

アレは何だ!?


先生の姿をしたそいつはそのまま林の更に奥へと進んでいく。
逃げる? 違う、本当に進んでいく。
意思が見えない。
意図が読めない。

ただ、彼女は進んでいく。

少年たちと、人間だったものを残して。



「――ジエェェーイド!!サフィィーィルゥ!!」



私は駆け出しながら叫んだ。

二人が体を大きく震わせてこちらへ振り返る頃には、私は既に彼らの目の前に辿りついていた。乳酸漬けの全身が痛むが、そんなことは関係ない。
彼らの肩を片手ずつで掴んで、私はその前にしゃがむ。
目線を合わせた彼らには動揺の色が強かった。

「答えなさい! アレは一体誰!?」
「あ、あれはっ ネビリム先生だよぉ・・・」

私の剣幕か、はたまた別の要因かに、サフィール君が涙目になる。
込みあがってきた衝動に、頬が熱くなる事を感じた。

「アレが先生だって言うの?
 ジェイド君、どういうこと!?」

「―僕に触るな!!!」


 バシンッ


問いかけと同時に肩を揺らしたら、その薄い肩を掴んでいた手がはねのけられた。

あっら カッチーン!

「・・・あれは先生のレプリカだ。
 先生は、重症で瀕死だった。だから、僕が先生を作った。」
「――は?」


先生が、瀕死になった状況は知らないが。
つまり ジェイド君は先生を失いたくなかった?
悪いけれど、彼の心にそういう感情があるとは思えない。


じゃあなんで先生を『助ける』ではなく、『作った』?


ゾッとした感情が背中を駆け上がる。

天才だ、鬼才だとは思っていたけれど、ここまでとは思わなかった。
彼は『命』を作ることに成功しているのだ!!

しかもそれが、元になった人と同じ形をしているなんて・・・
いや、そもそも同じ形のものを作ることが目的なのか?
じゃあ新しく作られた『それ』は、代理だというのか。


・・・・・・行き着いた考えに・・・血が 沸騰する。


彼の才能と知能を持ってすれば、命を粗末にするな、などという言葉は何の意味を持たないだろう。世界が進化する境目には人も動物も、良し悪しを関係なく多大な犠牲を被るに決まっているのだから。
そして彼は、その動力となる人間なのだろう。
進化の果ての恩恵でぬくぬくと生活していた私が言えることではない。

それでも、感情が体内で渦巻いて気持ち悪くなる。


先生を、実験じみた行為で失ったのは、この子達なのだ。


それで何を得たというの。

そのレプリカを作り上げたことで、『先生』が死にかけていたという現実が、無くなるというの?



「アレがネビリム先生だって言うのか、愚か者!!!!」


立ち上がりざまにジェイド君の胸倉を掴んで怒鳴る。

お酒が好きだと話して、一緒に笑ってくれた人?
怪我をした子供を前にして優しく癒しの術をかけてくれた、あの人?
正しい知識と判断で、私たちを諭してくれたのは、あの人?


そんなはずは無い。

あるはずが無い!!


「あんな無作為に人を殺すヤツを、『先生』なんて呼ぶな!
 それは、ネビリム先生に対する侮辱だ!!
 死んだ人間を辱めるような真似をするんじゃない!!
 一度死んだ人間が生き返る? それは、生きている人間の傲慢だ!!」

「ぅ るさい!!!離せ!!!」

ジェイド君の振った手が私に触れる前に、私はその手を離す。
言われずとも離すに決まっているだろう。
子供は重いんだ。そんなに持っていられない。

「・・・君の才能と実力は知っているつもりよ。
 探究心も、知識に対する欲深さもね。」

乱れた呼吸を整えようとするが、声は震える。
雪の上に尻餅をついている少年を見下ろして、私は自分の膝に残っていた雪を払った。

「でも、自分が行うことの『責任』を予測もせずに試したりするんじゃないわよ。
 子供だからしょうがないとは、言い切れないってことは自分でも分かってるよね。
 ・・・本来なら、大人が介入するべき問題だったんだろうけど。」

口で諭せないのなら、賢い大人はそれ以上の方法で悟らせなければならない。
その任を負ったのがネビリム先生だったんだ。


彼女が、自分の命という最上の供物で、彼がまだ学んでいないことを教えることになったんだ。


「・・・・・・・・・頭が良い君だろうから忘れないとは思う。
 頭が良い分、先生が君達に何を残してくれたのか、キチンと考えなさい。」


そう言い捨てて、私は先生のレプリカが立ち去った方向に向き直る。
近くで火事が起きたことが伺える、焦げ臭い風を覚えた。


さあ、私たちは選ばなければならない。


「・・・あのレプリカさんはどうすれば止められる?」

二人の瞳が跳ね上がって、私へと向けられた。

「何? これ以上人を殺させる気?
 アレが犯した罪は先生のものになる可能性が高いのに?
 私は、恩人にそんなことはできない。
 だから止めなくちゃいけないの。」
「あ、あれはっ 先生・・・だよ?」

がくがくと震えているサフィール君の言葉に私は振り返って表情を歪める。

「あんなことをする人が『先生』じゃないっていうのは、私以上にわかるはずでしょ?
 だったら、とめなきゃ―」



言葉の最中で湧き起こった、ゾッとする悪寒。

正体の掴めない感覚。



ハッとして、視線を前方・・・レプリカさんが立ち去った方向に向け直すと、そこに彼女が立っていた。
どんな芸を使っているのか知らないけれど、両手を組んでいる彼女の顔の目の前には、虹色の煌きを反射するディスクが1枚宙に浮いていた。


えー 物を宙に浮かせるっていうのもできるんだー
わー すごーいー

・・・


すっごい嫌な予感!!



「せんせ、い――」

サフィール君の呼びかけに応えた風でもなく、彼女は腕を振った。
こちらへ、真一文字に。


 ヂリッ

 ボォゴォォォ!!


子供二人を跳ね飛ばして転がったその直後、元の場所に火柱が上がる!


「ひっぎゃー!!! うわー!!!」


ふぁいやー! ふははははははっ
いやー!! 焼死はいやあぁぁぁ!!!

プチパニックになりながら、私は必死に考える。

だって死にたくないし!
死にたくないんだけど、何も無い場所に火柱を作るような人間の相手をどうすればいいのかなんて、考え付かない!


あー あ゛〜〜・・・・・・・


「前言撤回!立つ!走る!逃げる!!」

雪まみれになりながら二人を抱き起こし、二人を彼女が居る反対方向に押し出す。

!?」
「こっちが作戦立てる前に死んじゃったら元も子も無い!!
 ほらサクサク走る! 躊躇うな!君らの足は走るためにある!!
 私達は生きるために、生きる努力をする!
 それを―迷うな!! 行きなさい!!」

消えない嫌な予感。
私は、先生が褒めてくれたマントを自分から引き剥がして、それを二人の頭にかけてもう一度その背中を押し出す。

「走りなさい! それが嫌なら、そこに倒れていなさい!!」

そして私は、収まりつつある火柱へと向き直る。
その向こうにいる彼女は、少し、笑顔を浮かべているように見えた。

・・・本当に『先生』のようだ。

でも、私が惑わされるわけがない。
先生との付き合いは短い。
だから、元の先生を彼女に重ねることはできない。
しない。
必要もない。

プラスチックの外装を失ったMDが、くるりと回転した。


 チッ ヂリッ


そして、私のすぐ傍で、空気が擦れる音がした。



 ボォッ グォォォッ!



そして私の視界が、茜色に染まった。

朱色と柿色と白。

その色全てで、思考も何もかもが巻き込まれた。




・・・あっ 私、ひょっとして馬鹿をした!?













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2007/12/01

 焼死はイヤだって言ったのに!言ったのに!!


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