17:茶碗蒸し・プリン





涙の意味も
悲しそうな表情も
自分の理解が及ぶ領域ではなかった
ただ その現象が起こされるたびに
自分が隔離されているように思えた

お前は違うのだと
お前は違うのだろうと

理解するつもりも無かった
だから放置していた

理解できる気もしなかったし
する必要も感じなかったから










17.二層式の茶碗蒸し 下がプリンなのは気のせいか










「・・・私が持っている物で私が狙われる、そんな理由がわかりません。
 ただ、恩人に迷惑をかけることはできません。」

長い長い話し合いの最後に、私はハッキリと彼女に言った。
その決意を揺るがせるわけにもいかないし、案じてもらえどもそこに彼女の手を煩わせるわけにもいかないと私は思う。
彼女の素性を詳しくは知らないけれど、今の彼女は、この街の私塾の先生さんなんだ。


だから私は決断する。
それを躊躇わない。


、そういう言い方はやめて。」
「いいえ、それが私の本心です。それは隠しません。」

怒りの色を強める先生に私は声音を変えずに断言する。
私は嘘もつくし自分だって偽るけれど、真剣な相手を前にして、なおかつそれが通用しないとわかっているなら、欺こうとするだけ無駄なんだ。それを知っている。
私はベットの上に出していた一枚のMDを掴んで先生へと突き出す。

「私は先生のことを詳しくは知りません。・・・けど、たまに先生の元に、偉そうで地位が高そうな人間が訪れてくることを知っています。
 勝手ですが、アナタがこの国で普通の人よりも、色々な権限を持っている人間だと判断しました。
 だからコレを渡します。」
「受け取る理由は無いわ。」
「いいえあります。あるはずです。
 この音盤を、先生は解析しなければならないはずです。
 それに、あいつらは私からはコレを奪えるでしょうが、先生からは奪えないはずですから。」
「・・・・・・」

先生の視線が鋭くなる。
私は視線を逸らさない。

「この場所を危険に晒すかもしれないということは・・・謝ります。
 ですが、私のことを思ってくれるのなら、どうか受け取ってください。」
「その言い方は卑怯よ。」

先生の言葉にうなずく。
卑怯だ。
優しさにつけこんで、私は勝手なことを言う。

「はい。私は現状と戦う力を持たないから、卑怯な手を使います。
 コレを渡して、先生かその他の人がコレを解析して、それから得られた情報次第では私はどうかされてしまうかもしれません。
 正直に言うと私は自分がかわいい。
 死にたくも無ければ危険な目なんかにもあいたくない。
 だから、問題との決別を望みます。」

問題は起きてしまった。
ただ、それを解決する糸口なんか知らない。

私のあずかり知らぬところで生まれた問題の、中心人物だなんて思いたくない。
知ろうとする意思は確かにあるけれど、知ろうとしている間に私の身に危険が迫るというのなら話は別だ。


断言した通り、私は自分の身が一番なんだ。
大変可愛らしくないことに。


他人からしてみればなんて傲慢だろうと言われる言葉だ。
それでも先生は、先程の風呂場での一連の騒ぎのことを考慮してくれると思う。

確かに先生の言う通り、私は卑怯だ。

先生の頭の良さと、優しさを当てにしている。


「・・・それで、これを渡してどうするつもり?」

細くて長いきれいな指が、MDを抓んでその掌に収めた。
受け取ってくれた。
思わず安堵の息を吐きそうになる自分を抑えて、私は視線を窓の外へと向ける。

「自分の国へ帰る方法を探します。
 私は、私が守らなくてはいけない物を残してきましたから。」
「・・・・・・これが、手切れ金みたいなものだというの。」
「それで、私を無かったことにしていただけませんか?
 そこから得られる情報を私は知らないから、私を問い詰めてもなんの進展も得られないことは間違いが無いと思うし。
 私の国と、この世界の国々はあまりにも違いすぎる。」




それは 世界が違うと 言うのかもしれない




「・・・・・・わかったわ。私は貴女と会わなかったことにする。
 だから教えて。 貴女が把握していること、全てを。」

それはいつか投げられる質問だと思っていた。

「口外しないと誓ってくれますか?」
「ええ。」

間髪入れない返答に私は短く黙祷した。
先生の中の私が、どのあたりに位置づけられているのかは知らないけれど・・・

私はその返答を信じるしか、手立ては無かった。











私の生きていた日常。
生活の全て、この世界とどれだけ違うのか。
それらを全て先生へぶちまけてしまった。
気が楽になったけれど、同時に憂鬱にもなる。

全身の痛みを堪えた私が訪れたのは、随分ときらびやかな教会だった。
一番奥にはオルガンが置いてある。
そこに運よく、人の姿は無かった。
出歩くのはよくないとわかってはいるが、自己嫌悪やらで鬱々と部屋に閉じこもっているのは正直辛かった。

特に何を考えるでもなく、オルガンへと近づいてみる。
見る限り、音階の並びは一緒。
私は指先で鍵盤を押し込んだ。


  ♪


「・・・ァ−」

音の響き。
和音。 複数の振動。


懐かしい、音楽だ。


私の頭の中に浮かんだのは、雪に覆われた街から連想される歌だった。

「A−・・・」

笑みを隠さず鍵盤を撫でる。


「・・・Adeーste fideーles」
  アデェステ フィデーレス


懐かしい。
非常に古い記憶の中にあった歌。


「lasti, triumphantes;
 Veniーte, venite in Beーthlehem;」
 レトゥィ トゥ リィ ファーァンテス
 ヴェニーィテ ヴェニーィイテ イン ヴェーツレヘェム


キリスト教の、なんという歌だっただろう。
覚えていないが、分かれたパートがそれぞれが紡ぐ音の素晴らしさに感動したことは覚えている。
題名も覚えずに歌だけを覚える自分の性格に笑いが込み上げそうだ。


「Naーtum videte, ナートゥミ ヴェーテェ
 Regen angelorーum: レ ジェン アンジェン ローォゥム
 Venite adoreーmus, ヴェニテ アドレームス
 Venite adoreーmus,」 ヴェニテ アドレームス



神の誕生と、それを宿す御母を讃える賛歌。
ここでは、意味の通じない歌だ。

無神論者の私が歌う聖歌。


「Venite adoreーmus ヴェニテ アドレェ ムス
 Doーminum!」    ドー ミヌ




内情を知る私自身はこれを滑稽と笑うが、他の人にはどう見えるだろうか。


ああ、奇妙なホームシック。
・・・いや、世界だからワールドシック?


音が途切れたこの場所。



「父さん、母さん・・・・・・」



会えない人。
会えないけれど、確かに私の中で生きている人たち。
彼が、彼女が、私の生きるこの道に灯りをくれる。
彼の優しさが、彼女の強かさが、私が生きる術を指し示してくれる。
それはこちらの世界でも十分なほどに。



だけど、私は帰りたい。




「・・・・・・・・・千秋さん・・・」



名を、呼んではいけない。

名前を呼んではいけなかった。

私が、あちらの世界に固執する。
それは家であり財産でもあった。

それを、守ってくれる人。



「千秋さん・・・千秋さん・・・・・・ち・・・あきっ さん・・・・・・!」



柄にもなく、視界がどんどん歪んでいく。

胸が熱い。
苦しい。苦しい。苦しい。

私ひとりが守る場所ではない。
あの人も、一緒に戦ってくれた。

だから私は、生きて生きて幸せになる。

生きて生きて、ここまで生きたのだと見せ付ける。



ここではそれが叶わない。



だから帰る。 私は帰る。

だから 帰らせて



「・・・ッ・・・ぅ・・・う、ぁぁぅっ!」



可愛くない、声が喉からこぼれる。
堪えきれない。

哀切が募ろうと、どうできる。

唐突にこの世界に叩き出された私が、偶然を待って生きろと。
時間の流れは社会に生きていたその人を確実に殺すことを知っているのに。
私は殺されるわけにはいかない。

この命ではなく、『私』という存在を!!



「―う゛あっ・・・あぁぁッ!!」



途方にくれる。

呼び起こされた忌まわしい記憶を昇華させる根性がない。
もどかしい。
苦しい。
時間の移り変わりが。全てが。


嫌だ、助けて。


助けて。



私をあの世界に帰して。




 カタン




小さな物音に、私の呼吸が止まった。

しまった・・・あの男たちだろうか?
オルガンの椅子から立ち上がり、慌てて振り返った私の視界に入ってきたのは金色の髪の少年・・・ジェイド君だった。


予想外の人間の姿に、思わず目を瞬かせる。
そのお陰で涙で歪んでいた視界が晴れた。


「・・・・・・・・・あっらー・・・お恥ずかしいところを・・・・・・・・」

あまりにも気まずいので場を濁してみるが、ジェイド君はその場に立ったまま何も返してくれない。


あぁっ!
確かにいい歳した女がオルガンに突っ伏して泣き喚いていれば、何かしら思うところがあるんだろう。そうだろう。
なじるなり何なりしてくれて構わないから、黙るのだけはやめてくれ!


涙と鼻水を手の甲で拭って、仕方なく私は視線を泳がせた。
他にどうしろというんだ。

「・・・ん? どうしたのジェイド君?」

再び問いかけると、ジェイド君は靴音を高く響かせながらこちらへと歩み寄ってきた。
んー・・・二人っきりになるって言うのはだいぶ怖いんだけど・・・な。
それでも、今の私ではどうあっても逃げ切れないと思うので静かに彼の到着を待った。

私の目の前に来ると彼は、手袋でもこもこになっているその手を開く。


そして、そこに乗せられていた雪の塊と、鮮やかな色が、私の思考を止めた。


「これが、アンタが埋もれていた雪の上に降ってきていた。」


見覚えのある赤い、赤い花。
私は知っているその花。


「僕が知る限り、こんな花は知らない。
 お前はこれが何か知っているのか?」




「柘・・・榴・・・」





柘榴 : 『ザクロ』

秋に実をつける6枚の花弁の花。
私はそれを知っている。


そして、私の中で繋がった事象に、込み上げてくる涙を堪えられない。


胸が詰まる。

呼吸が乱れる。

嗚咽が漏れる。


足に力が入らなくなって床に腰を落とし、私は両手で顔を覆う。








ソファーは、私を斬り捨てようとした男を。


タンスは、凍える私にぬくもりを。


狸の焼き物は、ちょっかいを掛けてきた不埒な輩を。


鉄筋は、直前に迫った命の危機を。




そしてこの花は、私の居場所を伝えてくれた。







「・・・?」

ジェイド君が不審がった声をあげたが、それに取り合えもしなかった。
私は、堪えきれない衝動を嗚咽に溶かして、ただ泣いた。



オカルトなことは信じられない。

神も仏も信じない。


それでも私は、自分の身に起きていることを勝手に繋げて、泣いてしまう。








柘榴  ザクロ科



花言葉 『子孫の守護』










父さん

母さん



私を助けてくれているのは 貴方達ですか?













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2007/11/22

 両親の存在が推察できるかと。そして彼女の言う『千秋』という名前のその人。
 それはまだ、当分の秘密です。



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