15:シチュー
始まりの鐘が鳴る
それは警告のクラクション
くるなくるなと 叫ぶ声
おいでおいでと 誘う闇
雨が濡らす道端に
残る 轟音 土砂の色
燻ぶる炎と 燃える人
燃える燃える 灰になる
獣にも似たヒトの咆哮が
夜闇に裂いて 雨雲に消えた
15.女の子らしくお洒落に トマトを入れたピンクのシチュー
「きゅっ きゅきゅっきゅ 給料日〜♪」
「馬鹿に見えるよ。」
浮かれた私の声に続いたのは、無情な声だった。
酷い。
昇っていたテンションが急降下した不愉快さを視線に込めて振り返ると、赤い瞳の少年が一人。
「・・・ジェイド君、アナタ・・・私に何か恨みでも・・・?」
「別に、そんなものないよ。」
なら、上機嫌の人間の気分を下降させないで頂きたいものだ。
ようやく先生に恩を返せるこの日に、なんでまたわざわざ。
「ま、おはよう少年。」
「・・・おはよう。」
改めた私の言葉に返ってくる挨拶。
私はそれで満足だった。
言った言葉に帰る声は素晴らしい。
今日の私は、いたく機嫌が良い。
理由は勿論、給料日だからだ。
ウェルカム素晴らしい日よ!
万歳万歳!
この世界では、月末ではなく月初めにお給料をもらうのが普通らしい。
なので今日は授業には出ずに仕事をしてそれを貰う。そのために履きかけだった靴を履き直してすっくと立ち上がった。
この子がいつもよりも随分と早い時間に来たのは、もしかしたら色々な質問があるのかもしれないが今日は悪いけど取り合っていられない。
それはこの子もわかっているだろう。
「この間はお菓子をご馳走様でしたって、お母さんに伝えてもらっていい?
お礼を言いに行くと、また気を使わせちゃうからね。」
「・・・」
私がネフリーちゃんを一時的に預かっていたことに対する御礼ということで、お菓子をいただいていたのだ。ご丁寧なことに。
砂糖で煮た果物を一緒に焼きこんだパウンドケーキみたいなものだった。
それがもうめちゃくちゃ美味しくって・・・!!
思わずネビリム先生にもと、切り分けていた分をさらに分けてもらってしまうほど美味しかった!
よほど物欲しそうな目をしていたのかと鏡の元に行きたくなったけれど・・・そこは深く考えない。ええ、考えませんとも。
「うしっ 私はお昼の忙しい時間帯が過ぎたら帰ってくる予定だから。
運が良かったら会えるかも。厳密な良し悪しは横に置いといて。
―じゃあ、行ってきます。」
別れを告げた少年の瞳から窺える感情の色を見て私は心に僅かな引っ掛かりを覚えたが、浮ついた心ばかりが先立ってその感覚を揉み消した。
朝目を覚まして、家事をして。
それから塾で勉強するか、仕事に行くか。
そしてまた家事をして、私のことを先生に話して、また家事をして。
これがここに来てから得た日常だった。
ただ、今日ちょっと違うのは、初めて人様から報酬を貰うということ。
そしていつもの時間よりも早くに、ジェイド君が塾へと来ていたこと。
そんな些細なことは関係ないかもしれないが。
ようやく得たその日常が崩れる切欠を、私は知った。
厚い雪雲が空を覆うこの天候のおかげでこの街が日の光に照らされることはないけれど、それでも雲自身の白さが明るさとなってこの街は仄かに照らされる。
雪の反射で、たとえ路地裏であってもいくらか明るいから不思議だ。
私が住んでいた地方ではありえない状況なので、ちょっと楽しかったりする。
ふんふんと鼻歌交じりに帰路につく足どりも軽い。
さて、有難いことに懐具合は最高潮。
せっかくだから先生にお酒でも買って帰ろうかな〜・・・良い機会だからお菓子でも作ってみようか。
使い切ってしまう訳にはいかないがこんな時ぐらい、奮発してもいいと思うし。
「・・・・・・・・・温かいみそ汁が飲みたいなぁ・・・」
煮干で出汁をとったわかめと豆腐の味噌汁。
シャケ食べたい。紅ジャケ。
サーモンぐらいなら手に入るかもしれないから食材屋さんに行ってみよう。
ようし、晩御飯は決まった。
シャケのバター焼だ。ジャガイモか何かを一緒に炒めれば十分だろう。
・・・ん?
その時、上機嫌のまま足先を街中へと向けた私の前に突然見知らぬ男が割り入ってきた。
向かい合う形になっているが、男のその顔に私は見覚えがない。
なのですぐにそいつを避けようとしたのだが、そいつは無遠慮に私の体へと手を伸ばしてくる。
「―なんなんですか。」
体を捻じってその手を避けて、私はようやく足を止めた。
群青と黒の二色のコートを着た男は、見下ろした姿勢のままその口を開く。
「・・・一緒に来てもらおう。」
・・・・・・???
予想外の言葉に思わず口がへの字に曲がってしまった。
「・・・はぁ・・・なんでです?」
「答える必要は無い。」
答える男は非常に真面目な顔をしていた。
不思議事態発生だ。
心当たりが一切ないから反応に困るんだけど。
「・・・すみませんが、知らない人にはついて行ってはいけないという条例があるのをご存知ですか?」
「余計なことは喋るな。」
説明する意思は、ない。
「・・・ふーん・・・」
とりあえず男を見つめたまま、深呼吸。
そして、叫ぶ。
「火事だーーーーッ!!!!」
「なっ」
男の驚愕の声を聞きながらその場でクイックターン!
視界の端々の家から人の姿がパラパラと出てきているのが見えた。
私が逃げ出そうとすることは予想していたんだろうが、まさかこんな手段をとるとは思わなかったようだ。
ふははっ 『誰か助けてー!』よりも、確実に集客率が高いぞ!
ざまーみろっ!
「ま、待てッ!!」
誰が待つものか!
全速力で走り出した私の背中に男の声が追いついたが、さすがにその腕までは届かない。
視界に入った民家と民家の隙間に迷いなく走りこみ、私は雪を踏み分けながら更に進んでいく。
さあどこに逃げる?
・・・うーんっ 正直思いつかないんだけどっ なっ
勢いをつけて道を塞ぐように盛られていた雪を飛び越し、着地。
はい、10点満点。
さー・・・本当にどこに逃げよう。
・・・ ぽくぽくぽく ・・・ ちーんっ
思いついた。
よし、決定決定! 善は急げだ!!
頭の中に描いた地図の通りに走り出す。
道が合っているかどうかは深く考えず、漠然とした方向に私は向かう。
私が向かうその場所は―貴族さんたちが住まう区画だ。
あの辺りなら警備の兵士さんとかいるに違いない!
「―ロックブレイク!!」
突然生まれた野太い声は、想像以上に近くからした。
「 ぇ 」
足元の石畳が突然、私に向かって隆起する。
とても、避けられるタイミングじゃない!
ボゴォッ!!
「ぐぁっ!」
腹 直 撃 !!!!
衝撃にバランスを失って私は地面に倒れる。
死ぬッ!! 痛い!!
道に雪が少なくて加えて痛い!
込みあがってきそうな胃液を堪えてのた打ち回る私に、複数の足音が近づいてくる。
・・・痛い以上に嫌な予感だ。
「手間取らせやがって・・・!」
「っ 」
苛立ちの強い声がしたかと思ったら、突如頭に衝撃が走る。
側頭部が冷たい雪のような物質と硬い何かによって、地面に押し付けられている。
鼻につく、僅かな土の臭いにハッとする。
これ、ブーツか何かか・・・?
・・・踏ま、れた。
私の頭が、踏まれた。
踏むかフツー!?
「おい、移動するぞ。
こいつのせいで野次馬が多い。」
「・・・わかってる。」
男の返答と同時に頭の圧迫感が消え、私が反撃する間も無く頭からずた袋なようなものが被せられた。
あ、なるほどー 私を運ぶのね。
私を、どこか、人目のつかないような場所に連れて・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・今ここで叫んでも袋の上からボコられそうなので、私は泣く泣く叫びたくなる衝動を堪えた。
ここでボコられたほうがマシだったという事態を考慮できなかったのは、平和ボケしていた私自身の責任だった。
だから私は、悔やんで悔やんで叫ぶんだ。
私が連れてこられたのは空気の冷たい倉庫のような場所だった。
埃っぽいわ寒いわ暗いわ、いいところは広いといったことぐらいしかなさそうだ。
むしろこんな人達が利用している時点で、快適さを求めてはいけないのかも。
・・・現実逃避だという自信はありますよ。
ちなみに私は、ロープでかんじがらめに巻かれて床に転がされている。
そんな私を見張るのは3人の男。
屋内だけで3人かー はっはっは・・・随分と、厳重なこと。
私は一体どんな状況に居るんだ?
誰か答えてぷりーづ・・・
ああーもう さむいよー 体が痛いよー 腹立ってるよー
なんか想像以上に事態が深刻ですね。
本当に腹が立ちます。
なんで私がこんな目に。
本当に、腹が立ちます。
譜術か何かで攻撃をくらった腹がまだ痛いし。
・・・本当に・・・腹が・・・・・・立つ。
ムカムカとした苛立ちを堪えるために私は目を閉じた。
なにか譜術とか教えてもらってたら何かいい解決策を考えることができただろうか。
縄抜けの譜術とか、瞬間移動の譜術とか。
・・・流石にそんな便利な譜術はないか。
いやでもここは魔法の世界、ありえない話じゃないよね。
・・・なーんてことを今考えていても意味無いけどね!ははっ
「起きろ。」
「・・・んむっ んー・・・あ、ようやくご登場ですか?
何ですかおじさんは? 私をさらった犯人のトップですか?」
床に転がったままの私を見下ろす長身の男を見上げ、私は思ったことをそのまま口に出す。
男は私を見下す視線を強め鼻で笑った。
「余計なことを喋るな。
お前はこっちの質問に答えればいい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・はーい。
何が知りたいんです?」
「お前が売った、この音盤のことだ。」
・・・ふぉんでぃすくって・・・
男が言って懐から取り出したのは、私がここでの生活資金にと売り払ったMDだった。
正しくは、MDの中身。
プラスチックをひん剥きやがったー!
あぁぁぁぁぁ もう聞くことができない!!
「・・・・・・は、えー。
それがどうかしたんですか?」
内心の動揺をひた隠して私は男へ問う。
「これを、どこで手に入れた?」
「は・・・・・・はぁ?
それは私の故郷で手に入れたものです。」
「お前は、コレの中身を知っているのか?」
・・・それには、お気に入りのアルバムか何かを数枚分入れていただけだと思ったんですが。
でも、それを聞く為のMDウォークマンやデッキが、私が持っているもの以外でこの世界に在るとも思えないし。なんだ。私にどんな返答を求めているんだ?
「・・・私は、それを読めないので知りませんね。」
「本当か?」
「はぁ」
一応の肯定を返した私を見下ろす目が、細められる。
私の人格を扱き下ろす、粗悪な意思が読み取れる目。
気持ち悪い目だ。
「・・・おい、水を持って来い。」
「はっ」
おじさんが唐突に言った言葉に、控えていた見張りの一人がすぐに反応する。
水なんかどうするのかと見上げている私を見下ろし、男は口を笑みの形に歪める。
私には、何が楽しいのかわからない。
「お前、やけに肝が据わってるな。」
「・・・・・・・・・平和ボケしている馬鹿なだけです。」
「この時代にいて、平和ボケねぇ・・・
はっ 何にせよテメェみたいなガキは気に食わないな。」
「・・・はぁ。」
奇遇ですね。
私もアナタみたいな人間は嫌いです。
その時、男の後ろにバケツを持った先程の見張りの男が戻ってくる。
男は口元の笑みを絶やさないまま、私へと顎をしゃくらせた。
その行動が意味することに気付き私はゾッとする。
・・・ちょ ちょっと待て!
バ シャ ァ !!
「〜 ッ !!!!!!」
ひ、 ひぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!
冷たい冷たい冷たい冷たい!!!
叫ばなかった私偉ーい!
全身にぶっ掛けられた水! 冷たい!冷たい!!
ぐわわわっ 寒いーーーッ!!!
全身を強張らせて心中で叫ぶ私に、男は声を上げて笑ってくる。
「ハハハハハ! 随分いい様だな。」
「―っの、悪趣味!変態! 私を殺すつもりか!?」
「口の訊き方に気をつけな。」
言って男は床にできた水溜りを私へと蹴り跳ねさせる。
床は汚いみたいでそれは私の服に新たな染みを作った。
「ほら言えよ。
『温めてください』ってな。」
「・・・っ」
「死にたくないんだろ?」
どうやらこの男は、私を精神的に追い詰めたいらしい。
なるほどなるほど。
この扱いは、年頃の娘さん相手ならよっぽど屈辱かつ絶望的な状況ですね。
あははははははっ
何この男Sか?
ぶっ あははははははっ
「金積まれたっていらねー。」
思わず本音がこぼれた。
男の笑顔がほんの少しだけ、その気色を変える。
それでも私は、寒さに震えながらも言い放つ。
「何を知りたいのか知らないけど、素直に聞けばいいじゃない。
フォンディスク? 欲しいのならとっとと持っていけばいいでしょう。
なんで私を連れてくる必要があるのよ。馬鹿やってんじゃないわよ。
何、この効率の悪さ! アホ臭くて寒いのにへそで茶が沸かせるね!
しかも貴重な情報源である子供を虐げて喜んでいるなんて尚更!」
はらわたがフツフツと煮える。
この類の屈辱は、いけない。
私の、記憶の琴線を鳴らす。
暗い場所と 水は 私の軸を 揺らす
「ああ、そうね! MDの中身を知りたがってたね。
アレに入っているのは『歌』だよ。私の国の歌。
ソレからあなたたちが何を知ったのか知らないけど、いい加減にしてよね!
私を巻き込まないで。冗談じゃない。」
やめてやめて やめろ やめろ
私の平穏を、土足で踏みにじるな!
「言いたいことはそれだけか!」
男が激昂する。
そりゃあこんなクソ餓鬼が喚きたてれば苛つくだろう。
でも私だって苛ついている。
力も無い、人間が喚いてどうするんだ。
うるさい。
こうでもしなければ、私が私を見失うんだ!
「私が持っている他のフォンディスクがあるけど、それは欲しくはない?」
足を振り上げた男の動きがビクリと止まった。
私が持っているのは、口と、頭だけだ。
男が執着しているのは『フォンディスク』。
ソレを交渉に使わない手は無い。
「・・・貴様・・・」
忌々しいというように睨んでくる視線を見つめて、私は声を上げて笑う。
私が壊れる予感がした。
それでも 私は 生きるために言葉を吐く。
「―私が生きる邪魔をするな。」
寒さからか悪寒がした。
それとほぼ同時だろう。
ボ
ガッシャァァァァン
鈍い音の直後に倉庫の天井が砕け、ソレを突き破った何かが振ってくる!
「なっ」
「わっ わあぁっ!」
赤茶色の塗料を塗られた・・・あ、ちょ 近い 近い!!!
「ひえぇぇぇぇっ!!!」
ズドォンッ
ソレは、土埃をあげながら私の目の前に突き刺さった。
大型のビルの建設などに使われるソレ。
・・・て、鉄筋!?
ちょ、ソファーなんてもんじゃない、当たったら死ぬ!
確実に死ぬ!
―ハッ
一瞬頭によぎった嫌な予感は、的中した。
ボササッ ―どごっ! ぼさぼさぼさぼさぼさっ
恐怖に顔を引き攣らせていた私に天井の穴からの雪が降ってきた。
一番初めに落ちてきた、圧縮されている雪の一撃は見事に私の頭に直撃してくれた。
その衝撃に意識が暗転する。
馬鹿!
ここで意識を失ってどうする!
水に濡れて、更に雪なんかに埋まってしまったら凍え死んでしまうじゃないか!
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2007/10/29
トラウマに近づく 無遠慮な世界
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