14:にくじゃが





知らないものが無くなるようにと貪欲に求めた。
生きるために、殺されないように、戦えるように。
学ぶたび、身に付けるたびに、追いつくかと思った平穏が移動していくように感じた。

それでも望み続ける。
自尊心からなのか、何か必要性を覚えているのか。

平穏を

安寧を

平等を

望み続けて かけ離れる










14.母の味肉じゃがを永久凍土に埋めておく










ガツガツとシャーベット上になった雪道を踏みつけながら辺りを見回す。
今日の自習は、道と店を覚えることにしたのだ。
・・・買い物ぐらい一人でできるようにならなければという自戒です。

結局、ジェイド君も私も無理矢理納得させられる形で奇妙な生活が始まることになった。
ネビリム先生の家にお世話になり始めて早二週間。
一人暮らしが長いおかげで家事云々に関しては何の滞りもなく手伝えるし、紹介してもらった仕事も小さなレストランでウェイトレスさんのようなことをやらせてもらっている。

字の勉強に対しても・・・まぁ・・・ぼちぼち・・・

はっは、喋る言葉はわかるわけだからボチボチやっていこうと思う。(遠い目)

私の世界のことについては、本格的に話すのは一日一時間という短い時間だけの答弁になっている。
些細なことに関しては日常的に話しているけれど、ネビリム先生はちゃんと考える時間をくれるので、そんなプレッシャーの少ない会話は私にとってもありがたい。

それにネビリム先生は博識だ。
もしかしたら私があっちの世界に帰る方法の手がかりになるかもしれない。
まぁ聞いた限り、手がかりになりそうな話は聞けなかったけど・・・きっと、きっと何とかなると信じるしかないなぁ。あはは


・・・はぁ


溜息をつきながら立ち止まると、バキンと足裏の氷が割れた音を聞いた。

ちなみに、あれからジェイド君も頻繁に質問をしに来ている。
片手に私があげた辞書とノートを一緒に持って、たまにネフリーちゃんやサフィール君に付きまとわれながらもしっかりと。
あまりにもあっさりとした行動に、加害者という罪の意識の有無を小一時間問い詰めたい気もするけれど、やっぱりそんなことを掘り返すのも億劫になって結局私は諦める。
要は彼が、私を殺さなければという意思をなくしてくれればいいんだ。

そうだ。
私は大人なんだからそれぐらいは目を瞑る。
ただ、二度目を決行されたら私は助からないかも。

・・・うーん・・・私は本当に自衛の手段が無いのかな。
譜術を防ぐには譜術が必要みたいだけど、その譜術を使うために必要な音素は私の中に存在しないらしいし。
私の命を狙ったあの子が得意なのは、譜術。

もしあの子が再びやる気になったら、死に物狂いで逃げなくては危ないというわけか!
自衛の手段が欠片もない!

なんてこった!と内心で頭を抱える私の後ろから、勢いのいい足音が近づいてくるのがわかった。

、遊ぼうぜ!!」

そして投げかけられる元気な声。
うわーい眩しいぐらい元気だね。

「フランツ君〜おねぇさんはそれどころじゃないんですよ。」

私の腰に抱きついてきている金髪頭を撫でくりつつ私は再び歩き出す。
はじめは引き摺られるようにしていたフランツ君は、何歩と進まないうちに自分の足で私の隣へと並ぶ。
私を見上げる瞳は、真昼の晴天を切り取ったような綺麗な青だった。

「なんだよ、さっきからここらへんグルグルしてるだけだったじゃないか。」
「・・・いつから見てたの?」

書いてもらった地図がこの場所だけなんだからしょうがないことだし、かれこれ30分以上は歩いていたんだけど。
私の質問にフランツ君はさっきから〜とだけ答える。

「まぁ、道と店を覚えておこうと思っただけなのよ。今日は。
 先生に買い物を頼まれてすぐに家を飛び出せるぐらいにね。」
「あれ?でもはまだ字がそんなに読めないんじゃなかったのか?
 どうやって店を覚えてたんだよ。」
「そこは知恵と工夫でカバーするの。
 人は学習するものなのだよワトソンくん。」

だれだよワトソンって? などと聞き返してくるフランツ君の頭を撫でつつ、私は手に持っている地図をひらひらとかざす。
何のことはない、書いてもらった地図に日本語で名称を書き加えただけだ。

「・・・その文字、先生にあんまり使うなって言われてなかったか?」

痛いところを突かれた。
まったくその通りなので私は肯定も反論もしない。

「はっはっは、そんなことより街中で会うって初めてじゃない?」
「・・・ごまかしたな・・・」
「いつもは授業が終わったらそそくさと帰っているのに、珍しいこともあるもんね。」

私は無視して話を進める。
フランツ君はそんな私を見上げながら、仕方がないというように肩を竦めてみせる。
そのジェスチャーはあんまりやりなれていないのか、少しぎこちないところが可愛い。

「今日はサフィールん家にちょっと行こうかなって。」
「はぁ、あの子の家に・・・何を企んでいるかは知らないけど、だったら私も一緒に行ってみようかな・・・ん?」

その時、道の先に小さな人影が見えた。
見覚えのあるコートだ。
可愛らしいピンク色の・・・たしか、ネフリーちゃんの物ではなかっただろうか。

?」

フランツ君も私が注視している方向に視線を向け、そしてその眉を軽く顰めた。

道の端に蹲っている小さな人は・・・人違いではないようだ。
私はすぐに小走りになってその子の元へ急ぐ。

「ネフリー!」

フランツ君の呼びかけに小さな肩が跳ねた。
勢い良くこちらへ向けられた顔は、少しばかり顔色が悪い。

「―フランツさん、さん・・・」
「どうしたんだこんなところで!?
 冷え切っているじゃないか!!」
「ご、ごめんなさい・・・」

ネフリーちゃんの肩に触れ、その冷たさに声を荒げるフランツ君の頭を撫でて宥めてやる。
気持ちはわかるが怒鳴っちゃ駄目だ。
はやる気持ちに待ったをかけられて、フランツ君の瞳が戸惑うように揺れたが私は小さく微笑みを返すことで返答とする。
そして声を震わせて顔を伏せるネフリーちゃんの頭も撫でた。
その拍子にびくりと震える肩。
思わず眉を顰めつつ、私は雪の残る道路に両膝を着いた。

「ネフリーちゃん、こっちにおいで。」

言いながら私は、縮こまっている彼女の体を自分の膝の上に抱き上げる。
短く吐かれた呼気には驚愕の色が強かった。

「あー・・・本当だ、冷たいや。
 お姫様、どうせですのでお家までお送りしましょうか?」

おどけて言った言葉に、ネフリーちゃんからは固い拒絶が帰ってくる。

うーん・・・何があったんだ。
尋常じゃないなぁ。

よっこらしょとネフリーちゃんを抱いたまま、私は立ち上がる。
家に帰りたくないのならしょうがない。
無理に連れて帰るわけにも行かないだろう。

「そっか、じゃあプチ家出の行き先は私の部屋でいいかな?
 私もだいぶ冷えちゃったから、一緒に温かい飲み物でも飲もう。
 フランツ君にはお使いを一つ頼みましょう。わかるかな?」
「・・・わーったよ。じゃーな
 ネフリーもまたな。」

私の言いたい事を察してくれたのか、意識して軽い口調にしてフランツ君はここを離れていった。
彼が向かってくれたのはバルフォア家だろう。
察しの良い彼のことだ、ちゃんと彼女を私が預かっていると伝えてくれるはずだ。

聡明な子供が多いなと感心しつつ、私は踵を返してネビリム先生の家へと向かった。
速める足の理由は、私の腕を心配してだ。
子供一人を延々と抱え続ける自信は・・・あまりないからね!





すっかり冷えてしまっている暖炉に譜業という機械を使って火を落とし、炭を燃やす。
炭が赤くなったことを確認してその上に乾かしてある木を積み上げる。
これでこの部屋もすぐ暖かくなることだろう。
そして次に、私は部屋を出て台所へ向かいホットミルクを作る。
鍋に入れたミルクに貰い物の蜂蜜をたらして甘くし、それを簡単に掻き混ぜる。凝固したたんぱく質は嫌いなので膜ができる前に鍋を火からおろし、お湯を入れて温めておいた大き目のマグカップに注ぎ込む。
手早く鍋を洗って片付けて、私は自分の部屋へと戻った。

さん」
「ただいまー ・・・あ、思ったよりまだ寒いや。
 ホットミルクは平気だよね?」

雪に濡れたコートを脱いだネフリーちゃんは今私の服を羽織り、暖炉の傍の椅子に座っている。
マグカップを受け取った彼女は、小さいが、それでもちゃんとお礼を言った。
戸惑いが強い視線に微笑むことで、少しでも落ち着いてくれればいいのだけれど・・・まあ、それはおいおいとだろう。
マグカップを片手にベットの下からマントを引きずり出して、私はそれをネフリーちゃんの椅子の隣に敷いてどっかりと腰を下ろした。
暖炉が近い分温かい。
マグカップからの甘い牛乳の匂いに満足しながら私はそれに口をつける。
うーん・・・ちょっと蜂蜜が多すぎたか・・・?

「何も・・・聞かないんですか?」

おっ 戸惑い100%な声。
聞くって言ってもねぇ・・・さてどうしたものだろうか。
小さくこぼれる炎から視線を外さないまま、私はホットミルクをもう一口すする。

「ネフリーちゃんの中で整理がついてからで良いよ。」

気にならないといったら嘘だけど焦る必要は無い。
ひとまずはリラックスしてもらわなくては。

「・・・え?」
「うん、そうそう。まだネフリーちゃん、聞かれたら困るって顔してる。
 一人で悩めっていうのはあんまり好きじゃないけど、せめてネフリーちゃんが話しても困らない程度に内容の整理がついてから聞きたいかな。
 だから、今はまずこれでも飲みなさい。」

カップから離した指先で彼女の持っているマグカップを突つきそう告げる。
そうだ。
私は悩んでいるときにはやしたてられるのは苦手なんだ。
だから、私はあえて追及するのではなく、促す方向を選ぶ。
あまり見慣れていない綺麗な色の瞳を見返しながらカップの中身を口に含む。そんな私を見つめつつ戸惑っていた彼女も、おずおずとカップに口付けた。

「悩みを得ることは人生の分岐点だよ。
 否が応でも人に変化を与えるの。
 だから、ネフリーちゃんの好きにしなさい。」

話すも話さないも自由だ。
カップの中身に遠心力を加えて渦を巻かせて言った私に、ネフリーちゃんは小さく笑顔を浮かべた。

「いつも・・・思っていたんですけど・・・」
「ん?」
さんは、変わっていますよね。」

綺麗な瞳に見つめられたままじゃ照れるな。

「心外ねぇ。当たっているから反論できないし。
 私は、私が基準だから私にとっては普通よ。
 他の人と違うってことは自覚してるから、まぁ・・・そうね。
 変わっているかもね。」
「・・・」
「でも、変わっていておかしいことはないと思わない?
 食事もできるし話しもできる。笑えるし泣けるし、何にも困らないでしょ。」

異質? 上等だ。
だからなによ。
私が言い終わると同時に、ネフリーちゃんの顔色が変わる。
カップを握っている両手に力が入るのが、よくわかった。

「・・・さんは・・・お兄ちゃんのこと、どう思いますか?」
「ジェイド君?」

真剣に質問を投げてくるその表情は、さすが兄弟だと言いたくなるほど良く似ていた。
この子の悩みはお兄さんがらみですか。

私は小さく肩をすくめ、にやりと笑う。

「ちょっと変わった、子供かな。」

彼も、私に言われるのは心外だろうけど。
自覚もしているだろうから関係なし、ということで。想像の中で責め合うそのループは私の脳内で終わらせる。
ネフリーちゃんの表情は暗いままだが、その瞳には知性が感じられた。
私の答えを混ぜた思考を、必死に頭の中で、答えに導かせようとしているようだった。

「・・・変わって・・・ますよね・・・」

そっと目を伏せる少女の横顔に浮かんだ感情の色に、私は思わず目を細めた。

・・・怯え?

「うん。大人たちは凄い人物になるぞってはやしたてそうな奇才だね。
 でも、それに自惚れたりしていないところが格好良いと思うよ。」

揺れていた瞳が私へと戻る。

「大人顔負けな態度を見せるかと思ったらフランツ君と共謀してサフィール君を陥れたり、好きな料理に対しては意外と食いしん坊だし。そんなところは子供らしくて好きだね。
 それに、ネフリーちゃんをちゃんと大切にしているみたいだし。
 ちょっとわかりにくいけど、いいところもたくさん持っている素敵なお兄ちゃんだ。」

まぁ、短い付き合いだから多少の相違はあるだろうけど。

「・・・」
「ネフリーちゃんは、私よりもジェイド君を知っていると思うよ?
 どんなところが好き?」
「・・・わからない・・・」

あ、いけない。

私の目の前で、彼女の綺麗な瞳に涙が溜まるのが見えた。
でも、それを止めることなんてできない。

「わ、わたしっ わかんなくなっちゃった・・・
 お兄ちゃん、好きだったのに っ わ、わからないよぅ・・・」

はたはたとこぼれる涙の雫は、彼女の服を濡らしていく。
私はコップを床に置いて床に膝を着き、ネフリーちゃんの体を今一度抱き上げる。
堪えるような嗚咽にこっちまで泣きそうだ。

・・・何があったんだ?
さすがにこれじゃわからない。
だからといって、これ以上問いただすのも不可能に近そうだし。

「〜ッ お兄ちゃんが怖いのっ 家族なのに!
 わかんない わからないよぅ!!」


何があったのかは知らない、が。
この子は、あの難しい子のことを理解したいんだということはわかった。



ああ、どうしよう。

実直な愛の形にこっちが泣きそうだ。



泣きじゃくる彼女の頭を撫でて、熱い感情の塊を肩に受け止める。
私が、覚えることのない家族への愛の形に胸が詰まる。
心地よいようなむず痒いような痛み。

「ネフリーちゃん・・・ネフリー、大丈夫。」

堰を切ったように泣き始めた少女の体はまだ軽い。
なのに、大人でも手に余るようなあの子を許容しようとしているんだ。
これが、『家族』で『兄弟』というものなんだろうか。

「わからなくなったら、その人の好きなところを思い出そう。
 どんなことがあってどんな風に一緒にいたかな。
 大丈夫、ネフリーはジェイドのことが好きだってわかってる。
 わからない事があるからって壁を作っちゃ駄目だよ。」

やまない泣き声に私の語りかけが続く。

歩み寄ろうとする心の、なんと美しいことか。



細い背中を撫でる手は、彼女が泣き疲れて眠りに落ちるまで続けた。
私が解決できる問題だったらどれだけ良かっただろう。
それを悔やみながらも、とんだ自惚れた考えだと内心で笑う。

私は何かを救えるのか。

違う。救うだなんて大層なことは考えてはいけない。
それは自分が上位にいるのだという驕りだ。
ただ、彼女達よりも長い歳を生きている自分が、少しでもその手を導いてやれればいいと、思う。

あの少年は、余計なことだと怒りそうだ。

そんなことを思いついて、また私は笑った。













top  back  next→




2007/08/15

 この、綺麗な子供達が笑ってくれれば、いいなと思う。


  よろしければ ぷりーずクリック☆











退出 : google Yahoo!