13:カルパッチョ





知らない人。見たことも無い人。
知らない暴力。冷たい言葉。

私が立っていた場所は 永遠にはなりえなかった。

だったら私は、ソレを再び勝ち取らなければならない。










13.真鯛のカルパッチョが土鍋に入ってやってきた(加熱済み)










「こんにちはジェイド君。」
「…」

愛想笑いだけを浮かべた言葉への返事は無い。
ただ、この少年は私を心底忌み嫌っているかのごとく睨みつけている。


上等だこの餓鬼


えほんっ・・・彼の中で何があったのか知らないけれど、この応対はいただけない。
原因としては、あの日の私の行動があとから彼の気に障ったのか、はたまた私が渡したあの本に腹を立てたのか。
どちらの感情の動きも、この子供には合わない気がしてならない。

「・・・説明はしないの?
 一応、貴方が加害者で私が被害者だという状況なんだけど。」

ジェイド君は黙秘。
やりづらい・・・
私を睨む視線の強さは変わらないのがまた腹の立つ。

「昨日の今日で何があったの。説明して。」

若干語気を強めると、子供は小さく舌打ちをした。

「・・・理由はお前のほうがわかっているんじゃないか?」

吐き捨ててきた言葉に私は思わず失笑する。
挑戦的な言葉だ。


何、受けて立ったほうがいいの?


「ほっほーぅ? 私は、君に攻撃されても当然だという理由を知っていると。
 面白いことを言うじゃない。 え?コラ。
 私が、何を知っているのか、アナタがわかっているの。そりゃ凄い。」

私が、私のことを理解できていないのに、わかっているというのか。
随分と傲慢な物言いに笑いが込み上げてくる。

あ、意外と私冷静じゃないや。
200%、臨戦態勢。

大きく深呼吸をして肺の中の空気を入れ替えて、私は続けて言い放つ。

「君は、自分自身が賢いことを知っていながら、そんな滑稽な発言をするの?
 それとも、あなたの説明が私たちには理解できないと見下してるの?
 私を睨んだ時、その胸に抱いていたのは敵意?それとも殺意?
 それかただの衝動? 気まぐれ? 癇癪?」

喉だけで笑って、ジェイド君をただ見つめる。

「そこにあるのは口じゃないの?
 人間なんだから説明しなさいよ。」

大人気ない自覚はあります。
ネビリム先生が一緒にいてくれているから、突然攻撃されることはないという確信の元の発言だけれど。
間違ったことを言っているつもりはない。

「ジェイド。」

ネビリム先生の声に、ジェイド君は小さく肩を震わせた。
先生は閉めたドアにもたれかかったまま静かな目をして、ジェイド君の背中を見つめている。
ジェイド君の硬直を見る限り、この人には敬意を払っているようだ。

「私は、その人とアナタが会ってからずっと、アナタが部屋に閉じ篭っていると聞いたわ。
 その理由は答えられる?」
「・・・・・・」

ジェイド君が僅かに目を見開いた。
その口元が悔しそうに歪むのが見えたけれど、私が突っ込むことでもないのでネビリム先生の質問を優先させる。
そういえばフランツ君も、サフィール君もそんなことを言っていた。
ジェイドが部屋に閉じこもってて、何かを調べていて取り合わないって・・・


・・・調べる?


頭の引っかかりに私は眉を顰める。
あれ、なんか心当たりがあるぞ。


・・・

・・・・・・


黙秘を続けるジェイド君を見つめ、私はその心当たりを問うてみる。

「私があげた本を調べてたの?」
「・・・ぬけぬけと、良くそんなことが言えるもんだな。」

それは確かな肯定。
敵意まみれの視線。


え、何。 それは私が悪いの?


「本?」

ネビリム先生の問いかけに私はこくりと頷く。

「はい。私の生まれた国の物です。
 勉強とか好きそうだったんで別れ際に渡したんですが・・・それが原因なのかはさっぱり。
 もしかして中身がわからなかったからその腹いせとか言わないわよね?」

冗談のつもりの言葉だったが、お子様には違う意味に捉えられたらしい。
ジェイド君の視線に宿る怒気が強まった。

「僕がわからないと思って、アレを渡したのか?」

この態度は私の気にも障る。

「・・・時には挫折も必要じゃないかと。
 それに言ったでしょ。わからなかったら訊ねにおいでって。
 私はそこに書かれている内容を隠すわけでもなかったの。」

異世界だということを伏せて話す気満々だったのだ。
世界を知らない子供相手なら十分それで通用する。
・・・何か色々盲点なような気がしないでもないが。

「だというのになんでこんなメにあわされるの。説明しなさい。
 何を読み取って何を知ったの? それとも何を知ったつもりでいるの?」
「うるさい!!」

少年の口からの罵声。
赤い瞳には嫌悪。

「お前は一体『何』だ?」

質問の意図が広すぎる。
思わず眉を顰めて首を傾げる私に、私以上にわからないだろうネビリム先生が助け舟をくれる。

「ジェイド、少し落ち着きなさい。」
「先生! だってコイツは―」

ジェイド君がネビリム先生へと振り返って私を指差す。

むむむ、私の何を知ったつもりでいるんだ?


「コイツは人間じゃない!」


切羽詰った声が意味するのは存在否定。

うわー うわー 結構傷つくなぁ。
言葉の刃が私の胸に刺さるよ。


「ジェイド」
「僕が出したこの結論を疑うのなら、あいつの体から構成音素を出してみて下さい。
 少なくともあいつから渡されたあの本には音素が欠片も存在しなかった。
 先生わかりますよね、それがこのオールドラントじゃおかしい事だって!」

先生の咎める声と視線を跳ね返すのは、ジェイド君の論だった。
彼女が押し黙ったところを見ると、それは本格的におかしいことなのか。

「その本自体だっておかしい。あんなに薄い紙を製本する技術なんか知らないし、材質だってこの世界のどの物質にも該当しなかった。
 内容に至っては文字からしてこの世界に存在しない!」

ネビリム先生がゆるゆると首を横に振る。

「・・・ジェイド、決め付けてはいけないわ。
 あなたが知らない世界はまだあるはずよ。」
「なら先生は音素を含まない物質があってもおかしくないと言うんですか?
 僕の手元にある本だけでも十分その文明の高さが窺える。
 そんな国がマルクトやキムラスカに知られないまま存在できるはずが無い。
 非常識なんてもんじゃない。おかしいんだ!」



え なんか物凄く本格的に生物否定?


先生に力説しているジェイド君を眺めながら腕を組んで感心する。
利口な子供だと思っていたが想像以上だったようだ。
構成フォニムだとか、製本技術やら、文字に至るまでそこまで推察できるなんて・・・あ、コレが天才というやつか。
まるっきり人事のように見ているが、もしこの辺りの風習…というか、この世界で信じられているローレライ教団とやらが魔女狩りみたいな陰湿な個人排他も行う宗教だったら、この上ないほどの危機になるんだよね。この状況。
それは果てしなく困る。
私はこんなわけのわからないところで死にたくないし。

・・・そう、それだ。

私は野たれ死にたくなくて、職を探しているだけの無害な人間なのだ。
あの時の赤毛のお兄さんのように剣を振り回すこともなく、この目の前の少年のように譜術なんてものを使うこともない。



「ジェイド君。」


とりあえず、叫ぶだけ叫んで大分落ち着いている彼に声を掛ける。
すぐさま甦る敵意の視線を真正面から受け止めながら、私は続けた。

「君は、私が何者なのかわからないから攻撃したの?」
「・・・そうだ。」

その肯定の言葉を聞いて、私は腕を解いて小さくうなずく。
視線は彼へと向けたまま。
なら話が早い。
私のことをわかってもらおうではないか。

「私もあなたのことを知らない。
 そこの先生のことも、君の友達も、妹さんも、酒場のおじさんも。
 私が知る常識に一致するものがまったくないの。」

軽く視線だけで室内のすべてを示して、続ける。

「君の提案を受け入れるとなると、私も君たちを殺していいことになるんだよ?
 現実に、そんな無茶苦茶なことがあると思う?」

危害を加えられるかもしれない。
閉じ込められて殺されるかもしれない。
正体不明で素性も不明な人間が傍にいたら、そんなことを危惧するかもしれない。
そんなこと私だって考える。
心配の域を超えた妄想にならないよう心がけながら。

ただ、可能性ばかりを追求して、実現可能かどうかの判断を誤ってもらうわけにはいかん。

「伝わる言葉があって、向かい合える目があって、理解する頭があるのに・・・それらを放棄しないでよ。
 まずは、対象のことを理解する努力をしなさい。
 敵意があるのか、危害を加えられるだけの力があるのか。
 私をこの世から消すには、それからでも十分じゃないの?」

即・決・斬! だなんて洒落にならないぞ!

悪人に人権はないのか?
・・・凶悪犯に関しては私も同意するけれど、何の審議もなしにその判断は困る。



 ― パチン!



突然部屋に響いた音に睨み合っていた私とジェイド君の体が小さく痙攣する。
音の発生源であるネビリム先生は打ちつけあった手をそのままに、私とジェイド君を見下ろしていた。
・・・っていうかいつの間に近づいてきたんだ?

「ジェイド、どちらの発言が理にかなっているかアナタならわかっているわよね?」

力強く、ハッキリとした先生の言葉にジェイド君の視線が落ちる。
唇の端を噛んでいて声は発せられない。

「そして、貴女は一体何者なの。」

あっ 矛先がこっちに!

「何者・・・と言われても、私的に自分は一般人なんですが・・・」

頬を掻きつつ答えると、先生はその答えを肯定するかのように軽く頷いた。

「貴女の言う通り、私たちは互いの理解が足りないわ。
 理解するための前提も足りない。
 一言で説明しろとなんて言わないわ。」
「・・・そりゃ良かった。」

にこりと、ネビリム先生が笑う。

「貴女は今、どこに住んでいるの?」

・・・ん? 質問の意図が読めない。
内心で首を傾げながら、私は答えを返す。

「街の北の方にある宿に泊まっています。
 最低限の常識と、お金を手に入れるための就職活動中でした。」
「そう、なら明日からは私の家に来なさい。」

軽ッ

「・・・は?」
「先生!?」

思わず目を剥いて問い返した私の声にジェイド君の物も重なる。
私たちの驚愕を余所に先生は笑みを絶やさずに続ける。

「ジェイドの言う通り、貴女の素性が危険でないかどうかわかるまで近くにいてもらうわ。そうすれば安全でしょう。
 も、常識を学びたいのなら授業に出なさい。
 仕事に関しては私が紹介しましょう。」

えっ それって私、監視されるってことでしょうか?
正直、やましいことはないので監視は構わないが、その他の二点が至れり尽くせりで怖いんだけど。

「事を荒げるわけにはいかないってことは、二人とも分かるわよね。
 事態を把握するまでこのことは内密にしなさい。」



こうして私は、彼女宅の変な居候として生活を始めることになった。
これを幸運と受け止めるか、不遇と考えるか、今の時点ではなんとも言えなかった。













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2007/07/31

 私たちは猿ではない、人だ。 けれど人であるからこそ、同胞を排除しようとするのだ。


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