11:地獄蒸し
怒りも 悲しみも 憎しみも
糧となるのか 蝕むのか
夢も 希望も 思い出も
枷となるのか 救いとなるのか
意識を現実の外へ向けろ
得難いものは そこで見つかるかもしれない。
ただ、得ることができてもできなくても、いずれ現実に帰ってくればいい。
姑息でもなんでもいい、君には、君にしか得ることのできないものを探す権利がある。
11.夢の集大成 ダチョウの卵の地獄蒸し
ぜはーっ ぜはーっ ぜはーっ げほげほ
「―は、体力ないなぁ。」
激しく咽ている私に、子供の声が投げかけられる。
やかましい。雪道には慣れてないんだ。
そもそもこんな朝っぱらから全力疾走しなければならなくなった原因はこの子供にあるというのに、貴様は自覚をしろ。お願い。
今なら一言「ごめんなさい」で許す。
呼吸をすることで精一杯な口からそんな考えを吐き出すこともできない私の背中を、フランツ君は存外に優しい手で擦ってくれた。
・・・大人気ない人間でゴメン。
「―はぁっ ・・・雪には慣れてないの。」
気持ちを切り替える。
汗なのか溶けた雪なのか分からない額の雫を袖口で拭い、改めて振り返り、少年を見下ろした。
そう言う少年の頬もずいぶんと血色がいい。
吹き荒ぶ雪をかろうじて避けることのできる屋根の下に立っている私達は、視線が合うと同時に薄く笑みを浮かべた。
「さて、わざわざ迎えに来てくれました王子様は、私をどうしたいんですか?」
少年の髪に凍り付いている雪を冷えた指先で砕きながら、折っていた腰を伸ばす。
私の髪も凍っているのか、揺れた髪は随分と重く感じた。
「―」
「ジェイド君の友達って言ってたよね。―で、私のせいで遊ばなくなったと。
何、あの子もしかして…ずっと本と格闘してたの?」
私から見たこの世界の文字のようなものだろうに、なんて子供だ。
訳の分からない物を渡されたら私なら1時間も持たずに放棄すること間違いない。
ぶっちゃけ噛り付いてくれることを期待して渡したわけなのだけれど、まぁそれは気にしない。
「宿代は余分に払っているから荷物が荒らされるとも思えないけど、はぁー・・・しばらく帰れないかな。
ともかく、少年、あなた私に文句を言いに来ただけだったの?
おねぇさんは就職活動中で忙しいのだけどねー・・・・・・フランツ君?」
返答の無い少年に再び視線を向けると、少年は僅かに目を見開いた。
その髪に映える濃い青の瞳を見返して小首を傾げてみせる。
「あ ―いや、ジェイドが苦戦するような本を持っている奴がどんな奴か、見てみたかったんだよ。こんなところじゃ風邪ひいちまうからちょっと移動しようぜ!」
何やら気になる感情が隠されたように見えたけれど、私はあえて突っ込まない。
「それは大いに大歓迎だ。
私は道を知らないから先を歩いてねー。」
言って私は少年の背中を押した。
汗か、雪かに凍った髪がパリパリと鳴いた。
初めて聞く音に背筋が薄ら寒くなった。
歩くこと数分―
大分、降り方がマシになった雪の中、私たちは一つの民家の前に辿り着いていた。
フランツ君の慣れた様子からするともしかして彼の家なのかな?
「フランツくーん、君の家?」
「ここはジェイドの家だ。」
震える私に、彼は一言キッパリそう返した。
・・・聞いてないんだけど。
などという内心の言葉は口から洩れない。
来てしまったものは仕方がないのだし、利発そうなあの子供があの辞書から何かしらを引きずり出せたのかどうかも気になった。
先日聞いたサフィール君の話からも、ジェイド君はかなり引きこもってしまっているらしい。
目論んでる通りに動いている現実に私は今、思いっきり腹を抱えて笑いたい!
(人はこれを性悪と呼ぶ)
そんなことを考えている間に、フランツ君はドアベルをゴンゴンと盛大に打ちつける。
幾ばくかも経たないうちにドアの向こうからは明るい声が返ってきた。
『だぁれ?』
可愛らしい女の子の声だ。
・・・ジェイド君の妹さんかな?
「ネフリー、フランツだ。遊びに来たぞー。」
『え? あ、ちょっと待ってね、今開けるから。』
戸惑いが含まれた声が発せられて、小さな金属の音が鳴る。
開かれたそこに立っているのは、茶味がかった金色の髪をした7、8歳くらいの女の子だった。
ジェイド君の妹、ということに間違いはないだろう。
なんとなく顔の造形が似ている。
まずフランツ君を見て、次に私を見つけた少女は大きくぱちりと瞬きをした。
ブラウンの綺麗な瞳を見つめ返して私は微笑を返す。
「初めましてネフリーちゃん。」
挨拶は人間の基本だ。
「は、はじめまして・・・えっと、どちら様ですか?」
「私の名前は。つい最近こちらのジェイド君に危ないところを助けてもらってね。
礼を言おうと思ってフランツ君に案内をしてもらったの。
朝早くに失礼だけど、ジェイド君はご在宅かな?」
「お兄ちゃん、ですか?
・・・フランツさんどういうこと?」
笑顔のままの私から、少女は私の前のフランツ君へと視線を移した。
けれど、お互いに打ち合わせも何もしていない状況だ。
彼は私が発した繕いの言葉を、ただ深い意味もなく上塗りをする。
「このが言う通り。こんな雪の中でジェイドの家を探してるのを見つけたから連れてきたんだ。ジェイドは起きているか?」
「うん・・・と、とりあえず、寒いでしょうからどうぞ中へ。」
不審そうな色は消えないが、フランツ君の堂々とした言葉に少女は屋内へと促してくれる。
よかった。立ち止まったままだと本当に寒さが沁みるので、本当に助かった。
先んじて玄関へと入るフランツ君の肩の雪を払いながら私はもう一度笑みを向ける。
「ありがとう。
―お邪魔します。」
屋内は、やはりかなり暖かかった。
さて、成り行きで入室してしまったものは仕方がない。
フランツ君の真意がつかめないことが気になったけれど、まぁそれも、おいそれと分かるだろう。
それよりもジェイド君が気になった。
・・・純然たる好奇心だよ?
別に、こまっしゃくれたあの子供がどんな苦悩を抱えているか気になっているだけよ?
フランツ君の真似をしてコートなどをラックに掛けさせてもらって、落ち着く間もなくフランツ君はネフリーちゃんに案内をさせる。
おねぇさんは走りすぎて足がガクガクなんだけど・・・なー。
子供の眩しい元気に階段を踏みしめる足から力が抜けそうだった。
あー、私弱い。
「おーいジェイド!面白い奴を連れてきたぞ!」
先に駆け上がっていたフランツ君がドアを叩きながら声を出した。
連れてきたってアナタ・・・!
ちょ、あそこで騒ぎを起こしたのが確信犯だったらかなり性質悪いぞ!
『・・・・・・・・』
「そう言うなって! まぁちょっと開けてみろよ。
そしたら全部分かるから。」
ドアの奥の声は私には届かない。
フランツ君は非常に楽しそうに笑っている。
私の様子を心配そうに眺めているネフリーちゃんに微笑みを返しながら、私はようやく階段を上りきった。
フランツ君の言った言葉から察するに部屋から出ることを渋ったのだろうか。
『しつこいな・・・ほら、これで満足か?」
きっと近くに立っていたのだろう、ドア越しの声はそれが開かれることによってクリアになる。声の主である、見覚えのある金髪が開かれたドアから覘いた。
そして彼は扉の前にいたフランツ君とネフリーちゃんを見やり、冷たく見つめられた明るい金髪頭が企みが成就する期待を込めてその指を私へと向ける。
人を指差すものではないと言おうとした私だったが、こちらに向けられた赤い瞳が見開かれたことによりその思考は実現しない。
いや、見開かれたことよりも、その瞳がそのままきつく顰められたことがちょっとショックだったりする。
・・・い、いや、不法侵入じゃないんだけど・・・
挨拶も忘れ、確かに存在する敵意の感情に私は正直うろたえてしまう。
「? お兄ちゃ―きゃあ!」
不思議そうに兄を見つめていたネフリーちゃんが突如その腕を掴まれると同時に、開いていた部屋の中に引かれ、その勢いのまま突き飛ばされる。
部屋の中に倒れこむ音を残して外開きだったドアは勢い良く閉められた。
―お おおっ!?
「お、お前何やってんだ!?」
「フランツ、押さえてろ!」
妹さんより先に抗議の声をあげたのはフランツ君だ。
ジェイド君はただ一言告げるだけだが。
え、なんなのこの緊迫した雰囲気。
「ぇ、ちょ、ジェイド君? お久しぶり〜」
ィィ
私の挨拶は、彼のきつい視線と空気を震わした小さな音で止められる。
ちょっとまって、ちょっとまって、なんか凄い嫌な予感なんですけど!
「ジェイド君!ちょ、君っ 何をしようとしているのかな!?
不穏ですけど、ちょ、わかってやって―」
「ジェイド!?」
慌てふためく私の声と、咎めるようなフランツ君の声。
それでも、音を紡ぐ彼を止められなかった。
私めがけて、力が弾ける。
それを導くのは彼の声。
―バシンッ!
思わず脇へと避けた私のすぐ隣で光が破裂した。
膨れ上がったエネルギーは容易く私の体を浮かす。
運悪く、私が避けたのは窓の方向だった。
ガッシャァァン!!
盛大な音が鳴ってガラスが降りしきる雪の中に散る。
一緒に散るのは窓枠とだけであって欲しかったんだけど、残念ながら私の体も一緒だ。
何故こんな事になったかは分からないけれど。
とりあえず、雪がたくさん積もっているところに落ちてくれと願わずにはいられなかったりする。
・・・もしもし神様聞こえますか?
お願い一発殴らせて。
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2007/05/22
どうしろというのか。どうされればいいのか。
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