9:カルボナーラ





怖い 怖い 怖い

漠然とした恐怖に突き動かされるままに叫ぶ。
意味も無い謝罪は嫌いだった。
悪意と敵意と殺意の視線は、畜生の目だ。

求められていることは知っていた。
その通りに動いてしまえば、その時は楽になれただろう。

でも、それをそうさせない意思が確かにあったのだ。


畜生にくれてやるモノなど、微塵もない!










9.アレルギー対策に卵不使用のカルボナーラ










「・・・おはよーございます。」

射し込んでくる眩しい光に、私は小さく挨拶をした。
今日は晴れ。外は大量の雪。
ここは暖かい宿屋の一室だ。
森の中で会ったあの少年と別れたのは街の入り口で、この宿はそこからそう遠くない街の外周に沿って建てられていた。治安の問題を考えれば安いだけはある。
女が一人で行動するのはあまり好ましくはないだろうけど、まぁ自分ができる限りの最高の宿だったんだからしょうがない。
金銭に関しては結局、髪飾り2つと携帯ストラップ二つとお菓子の板チョコ一枚、一番高く売れたのは一枚だけ売ったMDだったりする。これ一つが3000ガルドだって。
宿代が200と少々の代金だから食費を考えれば一週間は寝床を確保することができる。
それでも仕事が見つからないときは残っているMDをまた売ればいい。

そこまで思考を固めて、私はいつの間にか火を入れられている暖炉の前に足をかざして暖を取り、すぐに身支度を整えた。
全身の筋肉を伸ばすようにして動かし、朝日の煌く窓の外を仰ぎ見る。

うん、絶好の職探し日和だ。


・・・ハ○ーワークって、あるのかな〜






さんさんと輝く太陽はとても眩しい。
帽子も被らずに晒している私の黒い髪は、そこに与えられる熱量をぐんぐんと取り込み私の血液を温めてくれる。

ぬくい。最高だ。

まるで学校の南側の窓のようで、二日とちょっと前なのにすでに懐かしさを覚えてしまう。

私は今、公園とは言えない広場にいる。
ぽつぽつと置かれているベンチの一つを、念入りに雪を落として腰を据えていた。
空気は冷たいけど、黒い頭と黒いコートのお陰で太陽の恩恵を全身に受けているのでなかなかに快適だ。


成果を言えば・・・案の定、字を読むことができない私に職なんて見つけられるはずもなかったりする。
笑いたきゃ笑え!

あっはっは!


昼近くまで歩き回ってようやく見つけた求職中の人たちが集まる場所に行ってみたのは良かったけれど、その求人の張り紙が読めないのだからお笑い草だ。


ぐああ 神様の馬鹿!
どうせなら字も読めるようにしてくれればいいのに!


こっちの世界に来てもう数え切れないぐらいの悪態を吐いたと思っていたが、まだ出てくるみたいだ。
内心の激情はともかく、本当に太陽が暖かくて私は自分の膝の上に上半身を倒し、頭と背中で光を浴びる。
空気が冷たいので雪も溶けない。
これだけの光量なのに崩れもしない。

ああー・・・これからどうしよう。
やっぱりああいった正規の仕事じゃなくて、押しかけ弟子みたいに見かけた店に殴りこむ方が早いのかもしれない。私個人の人格として。


私が一人で云々唸っていると遠い場所から子供達のはしゃぐ声が聞こえた。


いいなぁ子供は元気で。
足音と共に近づいてくる明るい声を聞きながら、昨日助けてもらった子供を思い出す。
そういえば、あの子はちゃんと家に帰ったんだろうか?

「・・・ねぇキミ、ちょっといいかな?」

前を通り過ぎようとしていた女の子に声を掛けた。
ピンク色のかわいらしいコートを着た少女は目を白黒させてこっちに振り返る。
金髪に青い目というお人形さんみたいな子供だ。
顔だけを上げて少女に目線を合わせたまま笑顔を浮かべる。
心底驚いたという表情の少女を怯えさせないように、声を柔らかくするように心がけてゆっくりと問いかけた。

「ゴメンねいきなり話しかけて。
 金髪で赤い目をした男の子って知ってる?」

コクンと小さな頷き。

「お友達?」

フルフルと首を横に振る。
少女が私に捉まっていることに気付いた他の子供達も、不思議そうな顔をして近づいてきた。
ついでに今度はその子たちに尋ねてみる。
昨日の少年の特徴を言うとあっさりと答えが返ってきた。

「ジェイドのことだ。」
「ばるふぉあだね?」

昨日の少年は『ジェイド・バルフォア』というらしい。

「今朝、そのジェイド君は見た?」
「知らなーい。」
「わたしんち遠いもん。」
「見てないよー。」
「オレ、ジェイド嫌い。」

おぉっ 子供はなんで素直で正直なんだろう。
なんだか聞かなくてもいいような返答まで貰ってしまったけれど、それは不可抗力だ。

「うーん、そうかー。残念だなー。」

大げさに残念がる素振りを見せて、私は自分の膝に顔を埋める。
ベンチに座って体を伏せさせている私よりも高い位置にいる子供達は、戸惑うような気配を発した。
子供はなんて素直なんだろう!楽しい!

「そうかー・・・ジェイドのことは知らなかったかー。」
「ジェイドのことならサフィールが詳しいよ!」

初めに引き止めた女の子のすぐ後ろに立っていた少年が胸を張ってそう言った。

「・・・サフィール?」

一人が言った言葉と、私の問い返しににほとんどの子供が頷く。
詳しいってことになると兄弟か何かかな?


「サフィールはジェイドの金魚のふんだって!」


・・・友達かな。

うん、仲がいいとこういう評価をされるものだろう。
鮮やかな酷評っぷりに苦笑する。

ともかく、私が知りたいのは彼の安否だけなので、プライバシーに踏み込むつもりはない。
少年に対する情報を窺おうと先に促したのは自分だが、ここいらが潮時だろう。

「そっか、教えてくれて有難う!」

はっきりと聞こえるように大きな声で礼を言って、私は一番近くにいた子供の頭を軽く撫で、鞄の中から人数分の飴を取り出す。
それを一番近くにいた子供に差し出して、戸惑うその両手に盛り付けた。
こんな包装紙は知らないだろう、目を瞬いて不思議そうな顔をする子供達にそれが『飴』である事を教える。

「最後にいっこだけ聞いていいかな。
 サフィールってどんな子?」

「よくこけるー」

飴の包装の開け方を教えながら問うと、妙にキッパリとした返答を貰った。


・・・そ・・・そうですか。




私の御礼に御礼を返して去っていく子供たちを見送って、私は溜息と共に辺りに視線を飛ばす。
冷ややかな雪の空間に似合わない日の光は、あっちの世界と一緒だ。
目を瞑れば、すぐに脳裏に排ガスの混ざったあの環境が描ける。

こんなに早く、あっちを懐かしむ感情を抱くとは思っていなかった。

訳のわからないこの状況。
赤い髪の青年との出会い、『カーティス大佐』とやらに覚えた予感。あからさまな環境の違い。私の世界との行き来、こっちの世界での瞬間移動。
瞬間移動って言うと、昔のアニメや漫画でたくさんあったなぁなどと軽く現実逃避をする。
・・・超能力者みたいに自分の意のままに使えればいいのだけれど。
まぁ、そんなに都合よく回ってくれないのが世界というものだ。

どれも、口にすれば夢物語としか聞いてもらえないものばかり。
コレで本当の私はどこか白い病院でベットに括り付けられているとかだったら面白い。


うっそ 全然おもろくない。


現実問題考えてみようか。

とりあえず当分はここで生活をするしかない。
飢え死になったら洒落にならないし、それに敵国である『キムラスカ』の動向も気に掛けなくてはならないだろう。
持てる知識を駆使して、戦渦に巻き込まれないようにしなければ・・・戦死とか絶対嫌だし。

私は目を閉じたまま再び自分の膝に上半身を傾ける。
陽の光で誘われる睡魔を払いながら思考を続けた。

字を覚えるのはそう簡単に済むことじゃないから、なるべくそれが必要にならない職種を選ばなければならないだろうし、この世界の一般常識が大きく欠如している弊害も大きい。
まずはそれらを身に着けることと生活の糧を得ること。
生活に余裕が出てきたら元の世界に変える方法も探さなくてはならない。

・・・この世界で、そんな研究が進められているとも思えないけど。

剣と魔法の世界だ。
希望は捨てないでいよう。




 べしゃッ




と、そこで・・・変な音がした。

「・・・ぅ、うえぇ・・・」

続く泣き声に目を開けると、わたしから少し離れた雪だまりに人影が倒れていた。
まるで狙ったかのようにジャストフィットしているようだけれど、見る限り半べそ状態だ。彼の望む状態じゃないんだろう。
私はベンチから立ち上がり、雪に体を伏せたままの子供へと歩みを進めた。

「少年、怪我はない?」

僅かに赤味がかった銀髪を見下ろして、私は問いかけた。

「ー! だ、だいじょうぶ、だよ!」

顔を跳ね上げた少年はそう叫ぶ。
うん、大丈夫には見えないけど大丈夫と言い張るところが子供らしい。
相槌を返しながら少年の前に膝を着き、鞄から取り出したタオルで雪のついたその顔を拭ってやる。驚いたような声が聞こえたがそれは無視だ。

「そっか、そりゃよかった。それにしてもどうしたの?
 こんなところで、もしかして雪に滑っちゃった?」
「そんなっ こと、ないよ!」
「何か考え事でもしてたのかな?悩み事?」

子供特有の細い髪の毛を撫でながら問いかけると、彼の眉尻がいきなり釣り上がる。

「か、関係ない!」
「ん、図星かな。結構結構、子供は悩んで何ぼだよ。
 悩んだ分だけ凄い人になれるから頑張って悩みなさい。」

私の手を振り払って立ち上がる子供の頭をもう一度撫でて、私も立ち上がる。
これだけ元気なのだから怪我はないのだろう。
黒いコートについていた雪を払いつつ子供の格好を視線だけで注視する。
服や髪のあちこちに雪がこびりついているのを見る限り、ここに来るまでに他の場所でも転んでいたのかもしれない。


・・・ん?


子ども自身が雪を払っている姿を見て、頭の中を何かが掠めた。




・・・・・・・・・・・・




「きみ、サフィールって名前?」



私の問いかけに、少年の目が大きく見開かれることになる。
私を凝視したまま硬直する少年を見下ろし、私は返答を待つ。

倒れこんだ雪のせいなのかこの寒さのせいなのか、少年の鼻下に透明な液体が流れるのが見えた。




・・・顔の作りは悪くないんだから、鼻汁は止めなさい。鼻汁は。













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2007/03/23

 前途多難ってすごい嫌。嫌だけど楽しまなきゃやってられない


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