8:ボンゴレスパゲッティ
全てが事足りた
必要なものは全て整えられた
なら、後は何をすればいいの?
全てが足りなくなった
いらない物ばかりが敷き詰められた
なら、私に何をしろというの?
8.貝の口が全て開いていないボンゴレスパゲッティ
開き戸を開ければそこには暖かそうな冬物の服がぎっしりと詰まっていた。
昔懐かしい防虫剤の匂いに困惑を深めて一瞬躊躇するものの、私は辺りを見回して人気がないことを確認する。
・・・誰もいない。
「す、すみませーん!お借りします!!」
かじかむ手を何とか動かして濡れた服を脱ぎ、私はいそいそと中の服を着込む。
男物と女物が混じって吊るされているので、先に女物を着てその上に男物の服を重ねて着ていく。
おお、ジャケット・パーカー・タイトスカート・ボレロ、なんでもありじゃないですか。よりどりみどりだ。そんな余裕はないけれど。
・・・盗難とは言うなかれ・・・凍え死ぬぐらいなら訴えられた方がましだ。
薄いスキニージーンズの上に厚手のゆったりとしたズボンを穿いて、上は薄手の物を重ね着して仕上げに黒のロングコートを羽織る。
逃がされずに服の内に留まる自分の熱にようやく安堵の息を吐いた。
ようやく人心地。
靴下と靴については突っ込まないでおこう。
きっと靴はもう、半年も持たないだろう。口惜しい限りだけど。
さてどうしよう。
タンスに背中を預けて鞄の中の水を飲みながら(まだ凍ってない)私は一人ごちた。
まず身に起こったことの整理。
私は理解不能な事態に襲われ、気がついたらオールドラントという世界に来ていた。
そこで、赤毛のお兄さんに助けられて街に来る。
確か、街の名前はケセドニア。
そこでまた厄介ごとに巻き込まれて、今度は突如降ってきたソファーに助けられる。
そして軍の人に連れて行かれた。
で、軍の偉い人っぽい声を聞いて私は咄嗟にあの部屋を飛び出して―
気がつけば、この雪中だ。
・・・・・・・・・
え、何。 どうすんのこれ。
好転する兆しなんざ欠片もない現状に私は頭を抱えた。
こんなところにポツンとタンスが落ちていることも理解不能だ。
誰がしたことか、一体なんなのか、私自身が原因か、判明しない疑問ばかりが思考を埋める。
・・・感覚でしかないけれど。
この、場所をトンでしまう事態というのは、きっと私自身の問題なのだろう。
はっはっは
勘弁してー。
これなら最初の方がずっとましだ。
飢えや渇きは森の中だったからきっとどうにでもできただろう・・・だけど、寒さっていうのは防ぎようがないじゃないか。
飢え死や嬲り殺しを回避した次は、凍死。
あっはっはっは
冗談じゃない。
とりあえず、行けるだけ行こう。
ここでもまた、私が遭難していることを知っているのは私だけなんだ。
うじうじしていても仕方がないので潔く、私は立ち上がる。
チラホラと灰色の雲からこぼれてくる小さな雪に、私は理不尽なこの状況への悪態を吐き出した。
唸り声 殺意 弱者を見る目 驕りのない獣
タイミングを計る興奮した息。
少年は、ポケットに手を入れて立ち尽くしたまま、それらを感じ取っていた。
数にしてみれば十数匹。
この辺りではそんなに大きな群れではないが、油断できるほどの数でもない。
雪深いこの場所で息づくのは、汚い魔物と自分だけだ。
じっとしたまま少年が正面を見据えていると、そこのほの暗い木々の合間から少年に動く気配がないことを理解した狼のような獣が姿を現した。
濁った捕食者の瞳を冷たく見返して少年は目を細めた。
獣だ。
見たところ、そこそこに成長した成体だ。
子供にしてみれば、申し分ない相手である。
「こらこらこらーッ!!!」
殺気立つその場所に、えらく場違いな怒声が響く。
慌てることも無く子供がその声の方向に視線を向けると、そこには大振りの枝を横薙ぎに振り下ろしたがいた。
バッシーン
「ギャンッ」
その大振りな一撃は予想外だったようで、魔物の一匹が巻き込まれて弾き飛ばされる。
それを見た他の奴らが警戒して間を空けている隙に、は子供の元へと駆け寄った。
は子供の金の髪と赤い瞳を見つめ、子供はの双黒の瞳と髪を見た。
「何でこんなところに、子供が一人でいるの?!」
息を切らしながらそう怒鳴ったは、すぐに少年をを背中に隠し、魔物達へと向き直る。
このの行動は子供には理解できなかったようだ。
「・・・何をしているんです?」
「ドジョウ掬いでもやっているように見えるか?!
しょうがないでしょ!見過ごせなかったんだから!!」
子供は、叫ぶの姿に合点がいく。
彼女は自分のことを知らない人間なのだと。
魔物の群れは予想外の乱入者に戸惑ったようだが、そいつにたいした力がないと見抜いたからには今にと飛び掛らんと、臨戦態勢をとっている。
よほどの腕がないと、この数を相手にしようなど思わないだろう。
不可能だ。
下手な正義感ぶって共倒れになろうとする愚かさに、子供は長く息を吐いた。
子供は、こんな大人面して虚勢を張る人間をあまり好いてはいない。
せいぜいこの人間も、己の虚栄心を粉々にされればいいとすら感じていた。
「ガウゥッ!」
魔物が威嚇の一声を放つ。
傭兵ではない大人だったら、この一吠えで萎縮する。
「ぃやかましい!!」
しかし、萎縮するどころか、それに勝る声量を子供の前の人間は放った。
左手を振り下ろして後ろの子供の手を握り、自分の正面に枝を構えて一歩ずつ進む。
「群れて鳴くだけの畜生がいい気になるな!」
叫び、は木の枝を雪面へと突き刺す。
そしてすぐに、鞄の外ポケットに入れていたスプレー缶を手に取った。
そう、彼女が一度使ったことのある、痴漢撃退スプレーだ。
その効果は書いて記すまでもないだろう。
自分の背面からの風の流れを確認しつつ、はそれのキャップを強く押し込む!
フシー ッ
スプレー缶からは、空気の漏れる音が響いた!
「あああぁぁぁっ!振ってなかったあぁぁぁぁッ!!!」
かしょかしょかしょかしょかしょ!
絶叫しながらは大慌てでスプレー缶を上下に振った。
しかし、の様子に警戒を強めた魔物たちは、その隙を突いて二人へと飛びかかる!
「―なっ舐めるなぁ!!」
「フレイムバースト!」
の声と、子供の声が重なった。
バシュゥッ
ボ ドォゥ!!
黄色い煙が、赤い火柱に巻き込まれてその爆音に紛れる。
たちへと飛びかかっていた魔物の一部は、見事に巻き込まれて黒煙に散った。
「え、えぇぇえぇっ!?」
目の前で起こった惨状に、は叫ぶ。
だが、そんな彼女に向かって時間差で飛びかかった一匹が牙を剥いた。
「ガゥガァァッ!」
「どぁーッ!!」
ゴ ベチン!
それに即座に反応したは、訳のわからない悲鳴を上げながら鞄を振り下ろし、そいつの牙が届く前に地面へと叩き落す。
(内容物:辞書・教科書―以下略)
「サンダーブレード!」
ヂッ チリリリリ ヅドォォン
子供の声の直後、突如現れた緑色の光の刃が魔物たちの中心へと突き刺さり、それを中心に光の線が地面に浮かび上がる。
バリバリバリバリ!
そこから生まれた緑の閃光が、魔物たちを貫いた。
動物の脂の焦げる嫌な臭いがあたりに充満する。
戦意を喪失させるには十分だろう。
十数匹だったそいつらは今の二撃で半数以上を焼かれ、すでに戦闘の意思は無いようだ。
の足元に叩き落された一匹も、いつも間にか二人から離れている。
じりじりと警戒を解かぬまま下がり、そして森の奥へと逃げていった。
「・・・はぁ〜・・・」
シンシンと冷えるその場所で魔物たちを見送り、は大きく息を吐いて膝を下ろした。
今更になって緊張が込み上げる。
ありえない。何だあの生物は。
座ったせいで自分よりも高い位置になった子供の目を、は見上げる。
金髪の少年はとても濃い赤の瞳をしていた。
「怪我は無い?・・・なんか、結局助けられたみたいだね。
ごめんね、ありがとう。」
「別に、僕にそのつもりは無かった。」
を見下ろした少年は、そう言うとすぐに握られっぱなしだった右手を払った。
そっけない口調は、まあこのぐらいの難しい年頃の子供にはよくあることだ。
うんうんと内心で頷き、は自分から離れて行く子供の背中を見た。
・・・倒した魔物の傍に歩み寄ってその死体を検分するのはあまり頂けない。
「少年、何をしているのかね?」
「アンタには関係ないだろ。」
雪に尻を据えたまま問いかけるに、少年は振り向きもせずに言い放つ。
まぁ、そうだろう。
確かに、初対面の人間だ。
彼の行動が、趣味だろうが宿題だろうが、にしてみれば関係ない。
―が。
「馬鹿子ッ!」
ゴヅッ!
おもむろに立ち上がったは、異臭を放つ魔物の死体を観察していた少年を思いっきり殴りつけた。
彼女の手も痛いが少年だって痛い。
なんせ彼が衝撃を受けたのは頭なのだ。
「なんで、子供が一人でこんな場所にいるの!?
親御さんが心配するでしょう!!」
頭を押さえて抗議の視線を向けてくる少年に、は仁王立ちして怒鳴る。
結構な力で殴られたというのに少年は顔を僅かに顰めているだけで、苦悶の表情は欠片も存在していなかった。
なかなか優秀なお子さんだ。
「僕一人だったら何の危険も無い。
アンタが邪魔をしたんだ。」
「そういう問題じゃない!心配させるなって私が言っているのよ!だあほ!」
「後先考えずに突っ込んでくる馬鹿に言われたくないね。」
「それは認める!もう少し準備を整えたほうが楽だったとは思う!」
潔く肯定するに、少年は軽く目を剥いた。
彼が想像していた返答は、正義をかざした驕りの言葉か、生意気な自分の態度に対する不満だと思っていた。
そんな少年の予想を裏切って堂々と肯定してみせたは、更に言葉を続ける。
「でもそれとコレとは話が違うでしょう!!」
正義面している言葉に吐き気がした。
「僕は一人なら平気だって言っただろ?
家族もそれは知っているし、これは僕の意思でしたんだ。
邪魔をするつもりならとっとと街に帰ってください。
助けるならまだしも、助けられたんだから命を大事にすればいい。」
「・・・はぁ?」
が眉を顰める。
何を言っているのだこのお子様は。
わざわざ挑発的な言葉を選んで投げかけてきている理由がわからない。
いや、こいつは、の言うことを一片も理解していない。
ズゴッ!
彼女がそう理解した瞬間、のチョップが少年の頭に埋まった。
そしてそのまま少年の頭を握り、は腰を屈めた。
血のように赤い瞳を真っ直ぐに見つめて口元だけで、笑う。
「な・ん・ど・も、言わせるなよ〜?」
「は、放ッーせ!」
抵抗しようとする少年を体格差と力づくで押さえ込み、無理矢理魔物の死体から少年を引き離して歩みだす。
「いーえ、放すもんですか。ともかく一緒に街に帰ろう!
こんな時間の、こんな場所で、なんてことをしてるの!」
「帰りたいなら一人で帰ればいいだろ。僕を巻き込むな!」
「私が心配になるから止めれって言ってるの!
親御さんだってそうでしょ。余計な心配はかけるもんじゃない!」
「そんなの僕の勝手だ。関係ない。」
言い切った少年を見下ろしては目を細める。
『勝手』だと、『関係ない』などと、どの口が物を言うんだ。
「ああそーう・・・じゃあ君を連れて帰ろうとするのだって私の勝手だ。
関係無いなんてほざかずに諦めてとっとと帰る!」
「〜ッ・・・わかったから、離せ!!」
観念したように叫んだ少年を見下ろし、は勝ち誇るように鼻を鳴らして見せた。
誰が言おうが彼女の勝利だ。紛れもなく。
・・・遭難して右も左もわからない人間の勝利だ。
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2007/03/10
立場を忘れての発言。でも、面と向かっての戦い。
・・・ところでこの子は何者なの?
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