6:パエリア
心無い人間が、自由だと言った。
知ったかぶる人間が、可哀想だと言った。
私のことを知る人は、生きろと言った。
懐柔を目論む手が、死んでしまえと叫んだ。
自分は、自分だけのものだと、理解した瞬間だ!
6.パエリアが何故か真紫
何が何でも、この恩は必ず返す。
だから名前と、住んでいる場所を教えてくれと懇願すると、彼は「冗談じゃない」と吐き捨てた。
照れなどではない純然たる拒絶。
彼も、何かしらを抱えている人生なのかもしれない。
そんなこんなで辿り着いた街の名前は『ケセドニア』。
関係が芳しくない二国間の流通の要の街らしい。なるほど、それなりの賑わいだ。
活気があると言えばそうだが、私にしてみればこの喧騒は少々やかましい。
「あまり汚れた仕事はしたくないけど、この場合しょうがないよね。」
腰に手を当てつつ息を吐く。
なんせ私は、素性も出生も不明で、字も読めない。
こんな人間では働き口は限られるに決まっている。
犯罪に手を染める気はないので(犯罪の範囲が明確ではないけれど)、おのずと食い繋ぐためにソッチ系の仕事に就かなければならないかもしれない。・・・憂鬱だけど。
こぼれそうになる溜息を根性で押さえ、私の後ろにいた彼へと振り返る。
「道中、本当にありがとうございました。」
言って、深く90度腰を折って礼をする。
これ以上に今の私の感情を表す術を、私は持たない。
「・・・これからどうするつもりだ?」
「しばらくは・・・というかできる限り、この街で働いて自炊できるようになることが目標かな。
私ができることは限られているから・・・もしかしたら真っ当な仕事じゃないかもしれないけど、もし見かけたら声でもかけてやってください。可能だったら改めて御礼もしたいし。」
本心と本心と、不安を紛らすための虚勢だ。
「私の名前は、本当に有難うございました。」
はぁ・・・人生何が起こるかわからない。
何かしら言いた気な空気をかもし出す彼にできる限りの笑顔を向ける。
見た目より存外に人を気遣えるこの人には、こうやっての別れは本当に後味が悪いだろう。
この人、うっかり猫とか拾ったら絶対に元の場所には捨てられないんだろうな。
これ以上、彼の世話になるつもりはない。
それが当然だ。
後味が悪かろうとなんだろうと、私は他人にそこまで甘えられる人種じゃない。
父さん、母さん、応援してください。
決意を新たに私は拳を握りしめた。
私は、頑張って生きていくつもり―――
『きゃあああぁぁぁッ!!』
決意表明をしている私の真横で、絹を裂くような悲鳴が上がった。
赤毛のお兄さんと一緒に、思いも寄らない状況に軽く目を見開いてそちらへ首を向ける。
そして突如、人垣が割れた。
騒ぎの中心が私の位置から丸見えになったと思った瞬間に、その中心から大柄な男が走り出てくる。
ちょっと待てよ。丸見えになったって事は、中心から私の方向に人垣が割れたということであって・・・その間を更に押し広げるように走り出てくるって事は、男は私へ向かっているんじゃないでしょうか。
私の体とは比べ物にならない体躯の男が近づいてくる。
ありえない事だらけを受けた止めた脳みそに、まだ重圧をかけるのか?
そんな現実逃避をしていたら、男の毛深い腕が私の胸倉を掴んだ。
「げぅっ―」
「動くんじゃねぇ!」
そのまま乱暴に首を絞められ私の喉からありえない声が出た。
頭上で響く濁声もすごく不愉快だ!
あ、一瞬、赤毛のお兄さんの目が驚愕に染められているのが見えた。
やっぱ驚きますよね〜
私が一番驚いていますから!
そして目の前にギラつく刃物が現れる・・・もとい、突きつけられる。
殺意というよりも、ただの脅し。
「近づくんじゃねぇ!俺の邪魔をすれば、こいつを殺すからな!
脅しじゃねぇぞ!俺は本気だ!!」
何が、一体、どうなって、私がこんな目に!?
私の首を絞めたまま、男はじりじりと横へと移動を始めた。
その方向にいた人垣はバラバラと割れていく。
実際問題一番困っているのは私だというのに、観衆の悲鳴がうるさくてたまらない・・・何をするつもりがないのなら警察でも呼んでください!
呼ばれても私困るんだけどね!
(国籍不詳・不審者)
無差別に意味も無く喚き散らしつつ私を引き摺って歩く男は、一直線にある場所へ向かっているようだった。
「・・・あの〜」
「うるせぇ!テメェ死にたいのか!?」
いえ、滅相もございません。
だめだ。この人頭に血が上ってて話を聞く気配も無いよ。
私が世の無情さにぐったりしていると、砂っぽい街の空気の匂いが変わってきたことに気づく。
密度が増した空気に混じるこの匂いは。
「ここを通すわけにはいきません!」
「うるせぇ!黙って通すんだな!
女を見殺しにするって言うのなら俺はかまわねぇぜ?公僕さんよォ。」
「あででででででっ」
柵の前で道を塞ぐ鎧を着た人に見せ付けるように、男は私の首を捻った。
男臭い 汗が気持ち悪い 嫌だこいつ!
私の心の叫びはともかく、鎧を着ている人は悔しそうな呻きを漏らしながらしぶしぶと道を譲る。
男はそれにがなり散らしながら先へと向かう。
なんだ。どうしろというのだ。
「オラ!とっとと歩け!!」
「―い、ったいなぁ!」
男に突き動かされて進むうちに、どんどん質の違う空気が濃くなる。
それと感じる、水の気配。
石畳の道を進むと、一気に視界が開けて空よりも濃い青が目の前に広がった。
また、海に出た。
すごい綺麗。
私は場違いながらも、心の中で感嘆の声を漏らす。
コレだけの街があるからもっと汚いものだと思っていたんだけど、そこは幾つかの船を揺らして予想を裏切った青い光を放っていた。
海の青さに思わず現実逃避をしている私だが、周りはしっかりと慌てふためき騒ぎに騒いじゃってくれている。
男はそのまま、一艘の船っぽいのに近づいて船守り(っぽい)人に刃物を突きつけた。
「な、何だお前は!?」
「うるせぇ!殺されたくなけりゃとっとと船を出せ!!」
戸惑う船員さんに男は勝手なことを言う。
・・・
え、私も一緒!?
ワンテンポ遅れた認識に、体は即座に動いてくれた。
「放せーッ!!」
ボ ガツン!!
必要以上に派手な音をたてたのは、私の頭上だ。
私は、右腕に持ったままだった鞄を勢い良く振り上げたのだ。
(内容物:辞書・教科書・ペットボトルetc)
そしてその衝撃に怯んだ腕を強引に振り払って、私は男が乗り込もうとしていた船へと飛び込む。
転がるように無事乗船を果たしたその床は、砂っぽくて結構痛い。
「こ―の、クソアマ!」
「うるさい黙れ!!」
逆上して顔を真っ赤に染める男を見上げながら、私は怒鳴る。
私を巻き込むな。
許さない。私の平穏を奪う権利などお前は持たない!
「調子付くな!理解しろ!冷静にまわりを見てみろ!!
何をするつもりだ?何をする必要がある?
見苦しいにも程がある!あんたは、悪党の美徳すら無い畜生か!?」
私はじりじりと下がりながら叫ぶ。
言葉も吐けずに、怒りでぶるぶると震える男だが、私は口を閉ざさない。
首の後ろを言い様の無い悪寒が駆け上る。
「なんだ?どうする?私を殺すか?
アンタが何をしたか知らないけど、そんなことで人生を棒に振るの?」
つまらない人間が!!
男が、大きく腕を振り上げながら私へ一歩踏み込む。
「黙れ!!」
「あんたが黙らせられないだけだろ!」
銀色の刃物が陽光を弾く。
そしてそれを見上げた私の視界の奥に、オレンジ色の何かが見えた。
男の刃物がコンマ単位に近づいてくる中で、だんだん大きくなるそれ。
あれ、ソファーじゃね?
ズ ガン!
「ぐがっ?!」
「わあぁぁぁっ!!」
私のすぐ目の前に降ってきたそれは、私の目の前の男に直撃した。
私の検分は間違っていない。
男を轢いたそれは、オレンジ色の合成皮張りで肘掛の付いていない、3人掛けのソファーだった。
青と白が多いこの港では、結構目立つ色だ。
「い、イスが降ってきたー!!」
「対象沈黙!確保!!」
私の困惑の悲鳴と、物々しい掛け声が重なる。
そしてすぐに港の方からこの船に向かって数人の水色の鎧を着た人が駆け込んできて、ソファーによって粛清された男を引きずり出す。
あんな高い位置から降ってきたソファーの直撃を受けたにも拘らず、男は生きているようだった。
呻く男を3人ほどでちゃっちゃと縄で縛っていく様は見事としか言い様の無い。
先ほどの、柵の前に立っていた人と同じ鎧・・・ということは、もしかしてこの鎧の人っていうのはこの街の警備兵か何かなのか?
だとすると、物凄く困る。
私は、自分の身柄を証明するものが何も無いのだ。
事情徴収なんてされた日には、最悪、あの男と一緒に豚箱にブチ込まれる可能性が・・・『ある』どころか、むちゃくちゃ高い。
しかし、逃げようにもここは海の上。
船と港を繋ぐその場所は、見事に塞がれている。
・・・。
いやいや、流石に海に飛び込んで逃げたりもできない。
アレだけの騒ぎで、コレだけのギャラリーだ。
そんなことをすれば私の精神状態が疑われてしまう。
壁も床も真っ白な病院に誰が好んで入院するか。
うーん、さっきのソファーが私の上にでも降ってきてくれれば、記憶喪失の振りでも何でもして誤魔化せるんだけどな!
いや、いっそのこと記憶喪失という名目で演技をしてみるか?
幸い私は知らないことだらけだし・・・いやいやいや、白い病院行きが強まるって。
お父さんとお母さんが嘆いてしまう。
・・・友達は、笑って指を指してきそうだけど。
「ご無事ですか?」
ひっ
突如投げかけられた優しい声音に、内心で悲鳴を上げた。
視線を跳ね上げればそこには、鎧ではなく濃い青の制服っぽいものを着た白髪(?)のお兄さんが立っていた。
白髪・・・じゃなくて、銀髪というほうが正しいのかな?
「は・・・はい、無事です。何の怪我もありません。」
とりあえずは無難な返答を。
私の姿をさっと見て答えに間違いが無いことを確認して彼は軽く安堵の溜息をつく。
おやっなんていい人なんだと安心したら、次にはお兄さんの眉間がきつく寄せられ、安堵の気色が消え去った。
「それにしても、何故あのような危険な行動をとったんです?」
明確な形どるのは、怒気。
なんで、と言われても・・・感情的になってたからいまいち難しい。
・・・ああ、あれだ。
「一矢報いてやろうかと。」
飛び出した想像以上に低い声は、目の前のお兄さんを軽く硬直させるには十分だったようだ。
数拍の沈黙。
「・・・なんにせよ、ここは街中で貴方は一般人なんです。」
彼はそう言って仕切り直しをした。
おお、真正のいい人だ。
私は他人事のように目の前のお兄さんを見上げて思う。
「あのような危険な行為は控えてください。」
そう言って彼は、まだ地面に膝をついていた私に手を差し伸べる。
・・・
生粋の日本人としてはそのような淑女的な扱いってかなり苦手なんですが・・・こんなところで遠慮するのもおかしいので、こっぱずかしいながらも、使い慣らされたグローブの手を握って私は立ち上がる。
『責める』のではなく、『叱る』という懐かしい響きに、思わず内心を温めたのは秘密だ。
「わざわざすみません・・・つい、気が先立ってしまって・・・
助けていただいて有難うございます。
それにしても、あのソファー・・・どうやって落としたんです?
私には何も無いところから落ちてきたように見えたんですけど。」
謝罪と感謝を続けて言って、私は彼によって隠されていたソファーを覗き込む。
捕縛用のロープでもなく、人質が離れたからと撃ち殺す(もしくは斬る)わけでもなく、あんなえげつない攻撃をするとは、この街の人も結構おかしな人が多いものだ。
そんなおかしな方向に感心している私を改めて見下ろし、男の人は軽く首を傾げた。
「は?」
薄い唇からは困惑の声。
「え、違うんですか?」
今度は私も目を剥いた。
彼に心当たりがないとなると、一体誰があんなことを?
一般人を助けることが義務なこの人達でなくて、私を助けて得をしそうな人など思い当たらない。
随分と奇特な現象だぞ。
「・・・いきなり家具が降ってきたりとか、ここではありえるんですか?」
「まさか・・・少なくとも私は知りません。」
恐る恐るの問いかけを、彼は即座に否定してくれた。
よかった、そんな世界ではないらしい。
だったらコレはなんなんだ?
訳がわからない。
「・・・」
「・・・」
ソファーが、日の光を浴びて鮮やかなその色を放つが、流石にソファーに聞いて答えてもらえるとも思えないし。
「まぁ、いっか。害は無かったみたいだし。」
害は、あのおかしな男だけに降りかかったのだ。考慮してやる必要は無い。
わからないことに時間を費やしていても仕方が無いだろう。
私は考えることを放棄した。
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2007/02/21
金髪・赤髪・しまいにゃ銀か。何が出ても、私は驚かないぞ。
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