後悔先に立たず
『情報』と『興味』を引き換えに
「それっておかしくないですか?」
問い返した私の言葉に、ヴァンさんの片眉がピクリと跳ね上がった。
そして、彼は目を細めて私を見つめた。
「・・・ほう?」
「予言は人の未来を教えるものなんですよね?
でも、その詠まれる人の『死』に関しての予言は伝えられない。
それが『避けることのできる死』でもいえるんですか?」
「ローレライ教団は、直接『死』の事実を伝えることを禁じている。」
「人が決めたことなんて、人が変えられるもんでしょう。
知ることで、その人が助かっても秘密にするなんておかしいじゃないですか。」
「人は、自分の死を知った時に平静でいられない。それが理由だ。」
淡々と、それでもいくらか面白そうな気色を浮かべてヴァンさんは私に答える。
・・・おや?
その返答の内容に、私は内心で首を傾げた。
「それはハッキリ言って、言い方の問題。
『死ぬ』って断定的な言い方をされたら人は暴走するかもだけど、それを揶揄して伝えれば十分でしょ。水の事故で死ぬことが分かれば水に近づかないようにって言うなり、工夫をすればいい。」
「いいや、そんなに上手くはいかない。予言を妄信する人間にそのようなことを言えばコップ一杯の水にすら近づけなくなる。
そんな生き方をしていてお前は幸せだというのか?」
人の話を聞いているのかこの男は。
「だからそれが言い方の問題だって。
そんな人が相手だったら水という呼称の幅を利かせればいいでしょ。
お兄さん頭いいくせにアッタマ悪いですねぇ。」
世界を揺るがすほどの教団なんだから、その「死」の預言とやらを伝える預言師に資格試験でも何でも受けさせればいいじゃないか。
それで人間性や表現力の底辺を上げておけば、人は限りなく「死」を避けられるだろう。
そして私はそれが、平時に生きる人間の思考だということも理解できる。
「予言を信じている。予言は絶対。予言を守れば安心。
自分が幸せだと感じられるから予言を信じているだけで、自分を苛む要素があることを見つけたら真っ先にその予言は捨てられるはずよ。誰だって自分が一番可愛いし。
道行く人に聞いてみたらそりゃー面白い世論が回収できるでしょうねー。
『自分が死ぬという予言があるとしたら知りたいですか?知りたくないですか?』って。」
「それは―」
彼の言葉を遮る。
「知りたがるはずよ。十中八九。
そして、人はそれを覆そうとする。当然でしょう。」
開かれたいた口が閉ざされる。
彼の口元にある薄い笑みが貼り付けられたまま、彼の目元に鋭い眼光が宿るのを私は見た。
それでも私は、この、ローレライ教団の上層部に近い人間に、これを伝えておきたいと思った。
絶対な運命と受け入れる人はいるだろう。
私の世界よりも格段に大勢の人間が、その道を選ぶだろう。
けれど、絶対にそれを好しとしない人間も確かにいると私は思う。
先程、私が小首を傾げた疑問が確かな形になって私の内に浮かんでくる。
彼の反応はわかりやすいじゃないか。
「予言がそうだというのなら喜んで死にます、なんて人間は一握りもいいところ。
人は死を目の前にすれば狂うでしょうけれど、生を求めるために団結できる生物ですし。
醜く汚く生に縋る。しがみつく。
それは預言の言う自然とはかけ離れているんだろうど、その生き方こそ美しいと思う。」
「・・・とても、同じ人間の評とは思えんな。」
そこで、あんたが笑うのか。
私は腕を組みなおして、体の体勢を楽にする。
いつでも動けるようにと。
「他人について論じる種が人間以外にいないんだから理解して下さい。
私の、預言に対する意見はこうだけど、ヴァンさんだって色々考えているみたいだし。」
私が言い切ると、ヴァンさんは笑った。
「何故、そう思う。」
「簡単。
私が『その人が助かるのに秘密にするなんておかしい』って言った時のあなたの答えが、ローレライ教団の姿勢である『預言の尊守』とは違ったから。」
そしてそれが、私とは違うお偉方の考えだろう。
預言が正しいと盲信しているのが預言を伝える人間だったなら、きっと『死』の預言ですら守るべき運命だと考える。・・・きっと。
そして先ほどのヴァンさんの口ぶりから察するに、彼はその状況をあまり好く思っていないようだ。
・・・まぁ『人が死んでもいい、預言を守れ。』って明言するとあんまりにも心象が悪いから、あんな風に言った―ということもありえなくもないと思うけれど。
こればっかりは私の推測でしかないが・・・彼の反応を見る限り、間違ってはいないのだろう。
だとすれば、彼は教団内のその腐った思考を変えてくれるかもしれない。
「ふふっ・・・ふはははっ いや、面白いことを言う。
私は君を軽く見ていたのか。」
「・・・・・・・・・肯定でも否定でも構いませんが。」
「面白い話を聞かせてもらった。
貴公へ抱いていたその非礼を詫びよう。」
「じゃあ私も、アタマ悪いって言ったのを詫びますね。
スミマセンでした。」
向こうで紳士の姿勢でくるなら、まぁ、答えよう。
けど、なんか嫌な予感がする・・・
姿勢を正して私を見下ろす青い瞳を見つめて、私はようやく気付く。
さっきまでは、いつでも逃げられるような気がしていたのに。
彼が私に向き直った今、私がどう動いても、逃げられそうもないと。
そんな予感は、的中してくれなくてもいいんだが!!
「君は、預言を尊守しようとするこの世界をどう思うか?」
「・・・・・・・・・」
質問の意図を図りかねるけど、これは一市民の意見を尊重してくれようとしているんだと、私は自己暗示を掛けておく。
嫌な方向の想像はしない。
しない。
・・しないったら。
それにしても、預言を尊守・・・ね。
人が死んでも、道を示してくれる道しるべを守る、か。
日本は素晴らしき多神教なので絶対神も何もあったものじゃないけれど、人の上に立つ人が人の命を軽んじたら・・・ダメだろう。
必要然りで斬り捨てる?
それが 迎える遠い預言を肯定する結果になるから?
それはアリかもしれないが、この『預言』に関しては道理が違うと思う。
私はそもそもその『預言』が読まれた切欠も知らないし、それが読まれ続けるために必要なものも知らない。
知っているのは、ただ、盲信されているということ。
今まで絶対だったものをずらすような行為を禁忌とする・・・?
だったら、それは絶対なものじゃないんじゃないのか?
「まぁ・・・そんな思考は腐ってるんでしょうね。」
私は至極正直に答えた。
他人が生きようが死のうが、そこは私の関与するべき領域じゃないけど。
でもそれは、人として生きるための生存本能を侵すほどの恐ろしい思考だとは思った。
きっと、その考えは他人をも巻き込み、蝕んでいくから。
私はそう言い放って、小さく声を呑んだ。
あぁ・・・無駄な経験値が多い自分が憎たらしい。
目の前の人間を一目見て、その内心の変化なんて受け止めたくないぞ。
両手で頭を抱えたくなる衝動を堪える。
いやだ 笑うな髭。
「―そうか」
平時のような声音だったけど、その返答が含む別の意味をなんとなく察して私は正直にげんなりとした。
私は、今の発言が失言だったと気付く。
自分で言っておいてなんだが、頼む、私に興味を持つな。
好奇な視線はやめて。
「・・・・・・・・・謡将、お話有難うございました。
私は仕事に戻りますね。 スミマセン有難うございました。」
「待ちなさい。」
人を従わせる高圧的な声。
私は下がろうとした足を止めなくてはならなかった。
そんな強い立場に平気で立てる人間なんだ、この人は。
「・・・なんでしょうか。」
「君との話は実に有意義だった。
正直、私の認識の狭さを思い知らされた。」
「はぁ。」
「そこでだ、私のためにも是非―」
「遠慮します。
超遠慮します。
恐れ多いので遠慮します。」
押さえた声音に全力の拒否を乗せる。
私は今、あなたと会話したことを後悔しているんだ。
私の経験が、あなたと係わるなと警鐘を鳴らすんだ。
そこで無理矢理会話を切って私は屋敷へと駆け出そうとする。
それが叶わないだろうという予感を無理矢理無視して。
―ぱしんっ
体が引き止められる音に振り返れば、男の片手には私の手首が掴まれていた。
予感は大正解だ!
わーい 馬ー鹿!馬ー鹿!
「是非、これからも話を聞かせていただきたい。」
「お断りしまっす!」
心の底から叫ぶ。
何とか掴まれている手を引き剥がそうとするけれど、大きい掌とその逞しい腕は伊達じゃないようだ。まったくビクともしない。
悔しい腹立つ。
「悪いが―・・・」
貼り付けられている笑みを確かに印象強くする瞳から、彼がまだ三十路を越えていない青年だと言うことを思い出させた。
・・・でも、その表情は三十路前の人間のものとは思えないほど黒い。
「君に断わる権利は無い。」
そしてきっぱりと言い切った。
あぁぁぁぁ 私の馬鹿!私の馬鹿!!
人の権利を簡単に否定できる人間だってどうして気付かなかったんだ。
いやだ。
こんな人間に係わりたくないよー!
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2007/11/14
主人公さんヴァンと話してみました。
そして唸る後悔の嵐! 詳しい話の経緯は書いていませんが、彼女は今ファブレ邸にいたりします。
ヴァンがローレライ教団のお偉いさんだと聞いて質問してみて〜・・・な流れでした。
そして興味をもたれて後悔の嵐(笑)
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